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ぜんこうじ|天台宗会下山

善光寺のお参りの記録一覧
兵庫県 上沢駅

1〜4件4件中
四季
四季
2026年04月22日(水)590投稿

会下山(えげさん)善光寺🪷平業盛之塚

信州善光寺御分身如来奉安霊場

御本尊 
    信州善光寺御分身如来
    一光三尊佛(阿弥陀如来)
宗派  天台宗

境内安置佛 
露佛不動明王(青銅)
聖観世音菩薩(永代納骨堂)石佛
地蔵堂
境内鎮守稲荷堂(会下山稲荷堂)
飛鳥式鐘楼 

#聖徳太子堂
御住職の曽祖父様がお祀りされたのが始まりとのことで、会下山が法隆寺の荘園であったことやその当時のお軸が伝わることから、聖徳太子堂を祀られたとのことでした🪷

#蔵人大夫平業盛之塚 🐴
平業盛(たいら の なりもり)は、平安時代後期の平家一門の武将 平教盛の三男
官位は従五位下・蔵人

案内板より
少年武者 平業盛
業盛は清盛の弟教盛の末子である
一の谷の戦に平家方は大敗離散し、当年17歳の少年業盛は緋縅の鎧で連銭葦毛の馬に乗り、唯一人行先を案じつつ駒を渚に立たせて居た
折柄、源氏方泥屋四郎及び其弟五郎が追撃して来たので、これを邀えて奮戦し遂に兄四郎と馬上に引組んで地に落ち、激しく揉み合ひ上に重なったまま古井戸に落込んだ
弟五郎は兄の危急を救おうとして、業盛の甲の錏を力まかせに引き離そうと焦る
業盛は之を防ぎつつ兄四郎を殺そうとして一生懸命である
業盛はまだ少年とは云え其大力は大人にも及ばぬ位あったので、彼が五郎を振り離そうとして首を振ったはずみに甲の緒が引き裂かれ、五郎は業盛の甲を持ったまま二間程も振り飛ばされた
併し五郎も亦、さる者で之にひるまず直ちに立ち上り業盛の首を打ち取った
少年業盛の剛勇と怪力に敵も味方も其死を惜まぬものはなかった
因に曰う、批碑の文字は兵庫の先賢 神田兵右衛門翁の筆跡である

昭和10年2月11日 神戸市兵庫区長 有方新次郎
看板製作日 平成27年7月吉日

会下山善光寺は天台宗に属し、比叡山延暦寺を総本山としている。
当寺は、大正六年四月八日、善光寺関西別院会下山寺として開創。
信州善光寺一山より英盛師神戸東錫により開山一世となる。
大正九年四月五日、寺院開創記念事業として大梵鐘が鋳造される。
大正十一年四月八日飛鳥式鐘楼建立。
大正十三年四月、露佛不動尊入佛開眼。
昭和九年十二月英盛和尚遷化。
二世盛純師が後継となる。
第二次大戦開戦によって梵鐘は回収されるが不動尊は存置。
昭和二十年三月の空襲により、本堂庫裏焼失。
翌年十月仮寺務所を建て再び
信州善光寺より御分身如来御本尊を奉安す。

昭和三十二年十一月(一世二十五回忌)本堂落成式を迎え寺名を会下山、善光寺とする。
昭和四十年十一月(一世三十三回忌)梵鐘を鋳造。
昭和五十七年十一月英盛師五十回忌に当たり、
天台、傳教両大師が開眼奉安される。
平成二年一月二世盛純和尚遷化す。

〜天台宗兵庫教区寺院大図鑑〜

📍 神戸市兵庫区会下山町2丁目18-13
078-521-1756 🙏

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2026年04月27日(月)3438投稿

善光寺は神戸市兵庫区にあるお寺です。
つい先日 四季さんが投稿されていましたね。
会下山公園(小さな山)をぐるっとまわって東側に来ました。
山に食い込むように一部奥まっている場所があり そこにこちら善光寺があります。
山門はなく 柱門から入らせていただきました。
住宅街の外れにあるのですが 境内に入ると山寺にいる雰囲気を感じます。
柱門に信州善光寺御分身如来奉安霊場とありました。
おや?今日は信州善光寺御分身の2つ目になるぞ。
境内は自然豊かで 石仏が複数置かれています。
境内社の会下山稲荷社や朱色の鐘楼殿も色が鮮やかです。
地蔵堂と聖徳太子堂もありました。
会下山が聖徳太子に縁のある地だと知ったので納得です。
兵庫の地は 源平合戦の戦場にもなったことで有名ですが こちらには平業盛の碑があります。
業盛は清盛の弟教盛の子で 17で討ち死にした少年武者です。
その剛勇について書かれていました。
残念ながら御朱印を拝受することはできませんでした。
境内には1本桜の木があり 見事に花を咲かせていました。
こちらには再度訪れたいです。

ネット情報です。
会下山善光寺は天台宗に属し 比叡山延暦寺を総本山としている。
当寺は 大正六年四月八日 善光寺関西別院会下山寺として開創。
信州善光寺一山より英盛師神戸東錫により開山一世となる。
大正九年四月五日 寺院開創記念事業として大梵鐘が鋳造される。
大正十一年四月八日飛鳥式鐘楼建立。
大正十三年四月 露佛不動尊入佛開眼。
昭和九年十二月英盛和尚遷化。
二世盛純師が後継となる。
第二次大戦開戦によって梵鐘は回収されるが不動尊は存置。
昭和二十年三月の空襲により 本堂庫裏焼失。
翌年十月仮寺務所を建て再び信州善光寺より御分身如来御本尊を奉安す。
昭和三十二年十一月(一世二十五回忌)本堂落成式を迎え寺名を会下山 善光寺とする。
昭和四十年十一月(一世三十三回忌)梵鐘を鋳造。
昭和五十七年十一月英盛師五十回忌に当たり 天台 傳教両大師が開眼奉安される。
平成二年一月二世盛純和尚遷化す。

善光寺(兵庫県)

山門はありませんでした

善光寺(兵庫県)

柱門に刻まれた寺号

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