ぜんこうじ
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楽しみ方善光寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年04月22日(水) 04時19分51秒
参拝:2026年4月吉日
会下山(えげさん)善光寺🪷平業盛之塚
信州善光寺御分身如来奉安霊場
御本尊
信州善光寺御分身如来
一光三尊佛(阿弥陀如来)
宗派 天台宗
境内安置佛
露佛不動明王(青銅)
聖観世音菩薩(永代納骨堂)石佛
地蔵堂
境内鎮守稲荷堂(会下山稲荷堂)
飛鳥式鐘楼
#聖徳太子堂
御住職の曽祖父様がお祀りされたのが始まりとのことで、会下山が法隆寺の荘園であったことやその当時のお軸が伝わることから、聖徳太子堂を祀られたとのことでした🪷
#蔵人大夫平業盛之塚 🐴
平業盛(たいら の なりもり)は、平安時代後期の平家一門の武将 平教盛の三男
官位は従五位下・蔵人
案内板より
少年武者 平業盛
業盛は清盛の弟教盛の末子である
一の谷の戦に平家方は大敗離散し、当年17歳の少年業盛は緋縅の鎧で連銭葦毛の馬に乗り、唯一人行先を案じつつ駒を渚に立たせて居た
折柄、源氏方泥屋四郎及び其弟五郎が追撃して来たので、これを邀えて奮戦し遂に兄四郎と馬上に引組んで地に落ち、激しく揉み合ひ上に重なったまま古井戸に落込んだ
弟五郎は兄の危急を救おうとして、業盛の甲の錏を力まかせに引き離そうと焦る
業盛は之を防ぎつつ兄四郎を殺そうとして一生懸命である
業盛はまだ少年とは云え其大力は大人にも及ばぬ位あったので、彼が五郎を振り離そうとして首を振ったはずみに甲の緒が引き裂かれ、五郎は業盛の甲を持ったまま二間程も振り飛ばされた
併し五郎も亦、さる者で之にひるまず直ちに立ち上り業盛の首を打ち取った
少年業盛の剛勇と怪力に敵も味方も其死を惜まぬものはなかった
因に曰う、批碑の文字は兵庫の先賢 神田兵右衛門翁の筆跡である
昭和10年2月11日 神戸市兵庫区長 有方新次郎
看板製作日 平成27年7月吉日
会下山善光寺は天台宗に属し、比叡山延暦寺を総本山としている。
当寺は、大正六年四月八日、善光寺関西別院会下山寺として開創。
信州善光寺一山より英盛師神戸東錫により開山一世となる。
大正九年四月五日、寺院開創記念事業として大梵鐘が鋳造される。
大正十一年四月八日飛鳥式鐘楼建立。
大正十三年四月、露佛不動尊入佛開眼。
昭和九年十二月英盛和尚遷化。
二世盛純師が後継となる。
第二次大戦開戦によって梵鐘は回収されるが不動尊は存置。
昭和二十年三月の空襲により、本堂庫裏焼失。
翌年十月仮寺務所を建て再び
信州善光寺より御分身如来御本尊を奉安す。
昭和三十二年十一月(一世二十五回忌)本堂落成式を迎え寺名を会下山、善光寺とする。
昭和四十年十一月(一世三十三回忌)梵鐘を鋳造。
昭和五十七年十一月英盛師五十回忌に当たり、
天台、傳教両大師が開眼奉安される。
平成二年一月二世盛純和尚遷化す。
〜天台宗兵庫教区寺院大図鑑〜
📍 神戸市兵庫区会下山町2丁目18-13
078-521-1756 🙏
信州善光寺御分身如来奉安霊場
御本尊
信州善光寺御分身如来
一光三尊佛(阿弥陀如来)
宗派 天台宗
境内安置佛
露佛不動明王(青銅)
聖観世音菩薩(永代納骨堂)石佛
地蔵堂
境内鎮守稲荷堂(会下山稲荷堂)
飛鳥式鐘楼
#聖徳太子堂
御住職の曽祖父様がお祀りされたのが始まりとのことで、会下山が法隆寺の荘園であったことやその当時のお軸が伝わることから、聖徳太子堂を祀られたとのことでした🪷
#蔵人大夫平業盛之塚 🐴
平業盛(たいら の なりもり)は、平安時代後期の平家一門の武将 平教盛の三男
官位は従五位下・蔵人
案内板より
少年武者 平業盛
業盛は清盛の弟教盛の末子である
一の谷の戦に平家方は大敗離散し、当年17歳の少年業盛は緋縅の鎧で連銭葦毛の馬に乗り、唯一人行先を案じつつ駒を渚に立たせて居た
折柄、源氏方泥屋四郎及び其弟五郎が追撃して来たので、これを邀えて奮戦し遂に兄四郎と馬上に引組んで地に落ち、激しく揉み合ひ上に重なったまま古井戸に落込んだ
弟五郎は兄の危急を救おうとして、業盛の甲の錏を力まかせに引き離そうと焦る
業盛は之を防ぎつつ兄四郎を殺そうとして一生懸命である
業盛はまだ少年とは云え其大力は大人にも及ばぬ位あったので、彼が五郎を振り離そうとして首を振ったはずみに甲の緒が引き裂かれ、五郎は業盛の甲を持ったまま二間程も振り飛ばされた
併し五郎も亦、さる者で之にひるまず直ちに立ち上り業盛の首を打ち取った
少年業盛の剛勇と怪力に敵も味方も其死を惜まぬものはなかった
因に曰う、批碑の文字は兵庫の先賢 神田兵右衛門翁の筆跡である
昭和10年2月11日 神戸市兵庫区長 有方新次郎
看板製作日 平成27年7月吉日
会下山善光寺は天台宗に属し、比叡山延暦寺を総本山としている。
当寺は、大正六年四月八日、善光寺関西別院会下山寺として開創。
信州善光寺一山より英盛師神戸東錫により開山一世となる。
大正九年四月五日、寺院開創記念事業として大梵鐘が鋳造される。
大正十一年四月八日飛鳥式鐘楼建立。
大正十三年四月、露佛不動尊入佛開眼。
昭和九年十二月英盛和尚遷化。
二世盛純師が後継となる。
第二次大戦開戦によって梵鐘は回収されるが不動尊は存置。
昭和二十年三月の空襲により、本堂庫裏焼失。
翌年十月仮寺務所を建て再び
信州善光寺より御分身如来御本尊を奉安す。
昭和三十二年十一月(一世二十五回忌)本堂落成式を迎え寺名を会下山、善光寺とする。
昭和四十年十一月(一世三十三回忌)梵鐘を鋳造。
昭和五十七年十一月英盛師五十回忌に当たり、
天台、傳教両大師が開眼奉安される。
平成二年一月二世盛純和尚遷化す。
〜天台宗兵庫教区寺院大図鑑〜
📍 神戸市兵庫区会下山町2丁目18-13
078-521-1756 🙏



蔵人 平業盛之塚


神田兵右衛門翁の筆跡(揮毫)


境内鎮守 会下山稲荷堂








飛鳥式鐘楼 のあった鐘楼堂



露佛不動明王(青銅)


青銅 露佛不動明王

地蔵堂





🪷聖徳太子堂🪷







庫裡


素晴らしい 会下山善光寺御朱印


善光寺会下山別院参道石碑
すてき
投稿者のプロフィール

四季583投稿
住吉大神の宮九箇処 ♡♡♡♡♡ 東村の 神の子 弦申様は 播州一の男前 おとこまえーっ♪ 播州地搗歌 阿弥陀東 ♡♡♡♡♡ お気に入りの霊場を少しずつ巡礼しています。 よろしくお願いします。...もっと読む
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