いざなぎじんぐう
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伊弉諾神宮ではいただけません
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伊弉諾神宮のお参りの記録(1回目)
投稿日:2024年08月30日(金)
参拝:2024年8月吉日
淡路國一宮 伊弉諾神宮にようやくお参りすることができました。
国生み・神生みの神である伊弉諾大神と伊弉冉大神が祀られる由緒ある神社。
そしてそのご神功を終え、御子神の天照皇大御神に譲位されたのち、淡路の多賀の地に終焉の地として、「幽宮(かくりのみや)」を構えて余生を過ごされ、ここに神陵が築かれ、お祀りされたのを創祀の起源とされています。
幕末までは禁足地の前方に本殿が建てられていたそうですが、明治初年に神陵地を整備してその真上に本殿が移築されました。
そんな歴史ある伊弉諾神宮にお参りしたい!とずっと思っていたのですが、ようやく参拝することができました。
実は私の住んでいるところからなら車で明石海峡大橋を通って50分もかからないくらいで着くのです。
ですが、いつでも行けると思っていたらなかなか機会がないもので、今回ようやく時間とその機会ができたため念願かなっての参拝となりました。
そして天気にも恵まれ、最高の思い出にもなりました。
唯一の誤算?としたら、社務所は8:30からと思っていたら、9時からとのこと。
予定より30分も長く伊弉諾神宮で過ごすことになりましたが、伊弉諾大神が「ゆっくりしていきなさい」と引き留めていただいたのかな?と前向きに考えることにしました😆
国生み・神生みの神である伊弉諾大神と伊弉冉大神が祀られる由緒ある神社。
そしてそのご神功を終え、御子神の天照皇大御神に譲位されたのち、淡路の多賀の地に終焉の地として、「幽宮(かくりのみや)」を構えて余生を過ごされ、ここに神陵が築かれ、お祀りされたのを創祀の起源とされています。
幕末までは禁足地の前方に本殿が建てられていたそうですが、明治初年に神陵地を整備してその真上に本殿が移築されました。
そんな歴史ある伊弉諾神宮にお参りしたい!とずっと思っていたのですが、ようやく参拝することができました。
実は私の住んでいるところからなら車で明石海峡大橋を通って50分もかからないくらいで着くのです。
ですが、いつでも行けると思っていたらなかなか機会がないもので、今回ようやく時間とその機会ができたため念願かなっての参拝となりました。
そして天気にも恵まれ、最高の思い出にもなりました。
唯一の誤算?としたら、社務所は8:30からと思っていたら、9時からとのこと。
予定より30分も長く伊弉諾神宮で過ごすことになりましたが、伊弉諾大神が「ゆっくりしていきなさい」と引き留めていただいたのかな?と前向きに考えることにしました😆
大鳥居
いよいよ伊弉諾神宮に参拝です。
いよいよ伊弉諾神宮に参拝です。
参道
まだ社務所が開く前ということもあり、参拝者はまだちらほら
まだ社務所が開く前ということもあり、参拝者はまだちらほら
二の鳥居
神橋、その先に見えるのは正門
神橋を横から
手水舎
正門
拝殿
本殿
夫婦大楠
樹齢は約900年とのこと。
もともと二株の楠が成長して一本の木になった「連理の楠」。
伊弉諾、伊弉冉の二柱が宿り給う御神木です。
樹齢は約900年とのこと。
もともと二株の楠が成長して一本の木になった「連理の楠」。
伊弉諾、伊弉冉の二柱が宿り給う御神木です。
夫婦大楠のすぐそばに祀られている岩楠神社
頭髪感謝之碑
古事記編纂1300年記念植樹
神輿庫
鹿島神社・住吉神社
左右神社
「伊弉諾大神の禊で左目と右目から出現された貴神を祀る」と記されていました
「伊弉諾大神の禊で左目と右目から出現された貴神を祀る」と記されていました
本殿 東側から
本殿後方
この本殿の下が伊弉諾尊の神陵地となります
この本殿の下が伊弉諾尊の神陵地となります
根神社・竃神社
本殿 西側から
祓殿
放生の神池
延壽宮
御朱印中央には「幽宮」の印
すてき
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