あさひかわじんじゃ
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旭川神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2022年08月07日(日)
参拝:2022年6月吉日
【北海道 古社巡り】
旭川神社(あさひかわ~)は、北海道旭川市東旭川南1条にある神社。旧社格は郷社。祭神は天照大神、木花開耶姫命。
1892年旭川屯田が入植し村社設立を決議したのが始まり。村名から旭川神社と称し社殿を造営、1898年設立の許可を得る。1899年天照大神を伊勢神宮より奉斎。1911年に村社、1922年に郷社に列した。
当社は、JR石北本線・東旭川駅の南方800mの平地、市街地にある。幹線道路・道道140号線から境内入口に至るエリアは綺麗に整備されていて、旭川兵村記念館、東旭川屯田公園、旭川小中学校などが並んでいる。境内は社殿と境内社があるエリアと、社務所や顕勲神社があるエリアがあって、合わせるとなかなか広い。緑は多いがとてもきれいにされていて、整備されている印象。
今回は、北海道の旧郷社ということで参拝することに。参拝時は午後遅めの時間で、自分以外には参拝者は見掛けなかった。
西向きの境内入口全景。公道の突き当りにある。
公道の右側(南側)にある<社務所>。御朱印はこちら。
道を挟んで反対側(北側)に、「旭川兵村記念館」がある。
道を挟んで反対側(北側)に、「旭川兵村記念館」がある。
境内入口の<鳥居>と<社号標>。
鳥居の手前右側にある、大きな<手水舎>。
<鳥居>をくぐって、参道を進む。
参道の途中、左側にある<狛犬>。顔が大きく横長で、個性的な見た目。
参道の途中、右側にある<狛犬>。球を踏まずに咥えている形。
参道右側にある<神楽殿>と<神輿庫>が一体になった建物。
<拝殿>全景。現在の社殿は1927年造営。神明造の拝殿に左右に翼殿が付設され、大きく豪華に見える。
<拝殿>正面。扁額は外側に掛かっている。白い神社幕が引きしまった印象を与えている。
<拝殿>内部。
拝殿から振り返って境内全景。掃き清められていて美しい参道。
拝殿後ろの<本殿>。
参道の左側にある<祓所>と<御神木>。
参道の左側にある境内社の<鳥居>をくぐって見て廻る。社号標には<若宮八幡神社・愛宕神社>とある。
鳥居をくぐって進むと、両側に<狛犬>がいて、突き当りに<社殿>がある。
参道の右手にある<禊所>。なるほど、当社では<祓所>と<禊所>の両方があって、正統な形式を踏襲しているわけか。
突き当りにある<若宮八幡神社・愛宕神社>の社殿。祭神は、誉田別命(ほんだわけ)と 軻遇突知命(かぐつち)。
若宮八幡神社・愛宕神社の左隣(西側)にある建物。1927年まで使われた旧社殿かな?
建物の参道寄りの場所に立つ<天照大神>の石碑。社殿建立前の明治廿九年(1896年)の銘がある。
大岩の上に立つ<稲魂石>と<白蛇石>。
社務所の西隣にある、境内社<顕勲神社>の鳥居と社号標。公道に面していて、独立した別神社のような外観。
<顕勲神社>の鳥居。境内は広々としていて、綺麗に掃き清められている。
境内西側(写真右側)に、零式艦上戦闘機(ゼロ戦)のプロペラが展示してある。
境内西側(写真右側)に、零式艦上戦闘機(ゼロ戦)のプロペラが展示してある。
<顕勲神社>の創建は大正時代の1915年、日露戦争から大東亜戦争に至る戦没者413柱を祀っている。戦前は「東旭川護国神社」と称し、戦後「顕勲神社」と改称した。
道道140号線沿いの「東旭川南1条6丁目交差点」にある<大鳥居>。(^▽^)/
すてき
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惣一郎1269投稿
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