かみのくにはちまんぐう
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楽しみ方上ノ國八幡宮のお参りの記録一覧

縁起の良い響きの上ノ国の神社です。
上ノ国の道の駅ではてっくい丼を食べました
神の道も行きました。
また行きたい場所です。

歴史を感じさせる佇まいです。

地元の人に大事にされている感じが伝わってきます。

御朱印をいただきました!

前回は桧山郡上ノ国町にある桂岡愛宕神社に行ってお参り・・・しようと思っていたのですが
社殿の改修工事で足の踏み場もなかったので見るだけで終わりました
そのあとは再び車を西に走らせ妻が行きたいと言っていた道の駅 上ノ国もんじゅに行ったのですが
その途中で車窓の左側にチラッと鳥居が見えた。と妻が言うので、道の駅で用を済ませたあとに
行ったのが上ノ國八幡宮でした
道の駅から上ノ国市街に戻ると神社は右手にあるのですが、神社に車を止めようと右折しかけた時に
駐車場は反対側にある旨の看板を見付けました

海辺の駐車場に車を止めて散策開始です


一の鳥居を抜け二の鳥居の手前に行くと茅の輪が見えました





お参りを終えてから社務所に行って御朱印をお願いしたのですが、上ノ國八幡宮はなんと
直書き対応しかしてないようで、書置きの御朱印はお断りされてしまいました
なので、投稿サイトには御朱印を頂きました。なんて記載はあるのですが、
あくまで御朱印帳を持っている方のみですね


駐車場は鳥居の向こう側にある海辺のほとりにあります

渡島半島南部②『上ノ國八幡宮』
元禄12年(1699年)建立の本殿は、北海道に現存する最古の貴重な神社建築。蝦夷の歴史を古くから刻むこの地域、他とは少し違う感慨深い心持ちで参拝をしました。
宝珠の上に立派な鷹がとまる珍しい石灯籠があるのですが、写真が上手く撮れていなくて残念。参拝時は例大祭だったので(記念配布)疫病退散の御札をいただきました。神社の横には国重要文化財『旧笹浪家住宅』もあります。
御創建は、文明5年(1473)松前藩始祖「武田信廣」公が勝山舘(現国指定史跡「勝山舘」跡)に守護神として創祀、舘神(舘神八幡宮)と称した。永正11年(1514)2代光廣が大館(松前)に本拠を移し5代慶廣の時豊臣秀吉・徳川家康によって蝦夷島主と認められ、安東氏より独立するに至り、姓を松前と改め後に江戸幕府下の1藩として位置した。上ノ国は、藩祖草創の地として藩主の直領とされ当社は上ノ国三社「現・夷王山神社、砂館神社と併せて上ノ国三社という」の一社で、松前藩の崇敬殊に厚く、他2社と共に歴代藩主は1代に1度必ず参詣し、毎年正月には藩主名代が代参する慣しであった。現本殿は元禄12年(1699)建立の一間社流れ造り(一部彩色)の本殿を明治時代に勝山舘より遷し伝説「大蔵鰊」の若宮社他を合祀している。社殿には松前13代道廣公、14代章廣公の書が、又室町様式の狛犬が幣殿奥深く往時のままに御祭神を護っている。

彫刻も素敵

一間社流れ造り(一部彩色)の本殿


御札と石燈籠の説明書



《御祭神》誉田別命、天照大御神、
火産霊命、大鷦鷯命、大山祇命、倉稲魂命



二の鳥居

連理の杉


一の鳥居


笹浪家は、上ノ国で代々ニシン漁などを営んできた旧家で、旧笹浪家住宅は五代目笹浪久右衛門が建てたと言われており、現存する北海道の民家建築では最古とされ、北海道の日本海沿岸に今も残るニシン番屋の原型といわれています。主屋の大部分には、ひばが使用されておりまた、屋根はヒバの割柾葺(わりまさぶき)で石が置かれています。 築後約150年の平成2年に笹浪家から上ノ国町へ寄贈され、平成4年に国の重要文化財に指定を受けました。


上ノ國八幡宮⛩️参拝です😊
境内には生命力を感じさせる
木々がありパワーを感じる神社です

入口横にはパワーを感じる
木々が


装飾が綺麗で見惚れます😍


素晴らしい彫刻

灯籠の上にはタカ?ワシ?が

とても奇妙な形の木ですが生命力
パワーを感じます

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