いつくしまじんじゃ
厳島神社のお参りの記録一覧(17ページ目)

【美男すぎて…】念願叶い、この度初めて参拝しました。感激です。このような素晴らしい神社が、推古天皇元年(西暦593年)より代々かけて護られ、この令和の時代にまで在るということを、感謝しなければならないと感じました。
令和二年二月廿三日、改元後初となる今上天皇誕生日でございます天長祭の日に参拝することができました。有難うございます。
天長祭では、舞楽が奉納されました。
厳島神社(安芸国 厳島社)については、
八坂神社と同じく、語りたいことは枚挙に遑がなく、一つの投稿では足りないと考えていますので、
今回は舞楽について主に記しておきたいと思います。
厳島社で舞楽が行われるようになったのは、平清盛公の時代からといわれます。
久安2年(西暦1146年)、清盛は安芸守に任ぜられて以来、厳島社を熱く崇敬してきました。
竜宮城を連想させる現在の本社の寝殿造りは、清盛によって造営され、その折、清盛は大阪の四天王寺から舞楽をここ厳島に伝えられたといわれています。
天長祭で奉納された演目は、
「振鉾」、「萬歳楽」、「延喜楽」、「蘭陵王」、「納曽利」、「長慶子」
でした。
私は、恥ずかしながら雅楽について素養がないのですが、
厳島神社の舞楽の中で最もポピュラーであろう「蘭陵王」について、拙いながらも記したいと思います。
蘭陵王(高長恭)は、約1400年前の中国・北斉の皇族であり、仁徳と勇猛を兼ね備えた君子でありました。
しかし、あまりに美しい容姿の持ち主でもあったので、自軍の士気が揚がらなかったため、彼は恐ろしい形相の面をつけて自軍を指揮し、北周の大軍との戦いに勝利しました。
その姿を舞にし、彼の武勲を称えたのが、この演目の嚆矢であると伝えられています。
実際、この演目では、舞人は面をつけています。
ちなみに蘭陵王は、美貌だけでなく、美声の持ち主でもあったと伝えられています。
美男であり、美声であり、勇敢で、人格者でもある…あまりに完璧な存在です(その完璧さゆえに嫉妬を買い、最期は悲劇的な死を迎えたのですが…)。
タイムマシンに乗って、是非一度お目にかかってみたいものです。というかできれば連れて帰りたいものです。
さて恥ずかしながら、私は管弦にも明るくないのですが、本演目では、曲の音階が他の曲よりも唐風に聞こえました。
また、舞人の衣装も非常に唐様でありました。
その朱色は、厳島の青い海と青い空を背に、より一層鮮やかに美しく映えました。
今回の参拝を切欠に、雅楽について理解を深めたいと思うことができました。
非常に貴重な機会を得ることができ、感謝しています。
音に聞く 此島山を来てみれば
宮居名高き 春の海面
施薬院 全宗
蘭陵王
か
かっこいい…
厳島の青い海と空と、蘭陵王とのコントラストが美しいです
現在鳥居は改修中です。この鳥居は実は刺さっていなくて置かれているのです。潮の満ち引きがある中でこのような巨大な鳥居を修復していくのは非常に難しいことのように思います。修復をされる方には頭が上がりません。家が近ければ、毎日来て修復の様子を見守っていきたいくらいです。

8月3日は管絃祭
管絃祭の非公式ポスター作ってみました。
絵をクリックするとより詳しく見れます。
厳島神社管絃祭非公式ポスター
厳島神社管絃祭非公式ポスター2
厳島神社に祀られている三女神同士の会話

宮島口の厳島神社に祀られている三女神のイラストの比較。
宮島工業高校の作品とはいえどかなり興味深いところが多い。
三女神のうち、末っ子の市杵島姫命は春衣装よりも夏衣装のほうが着ている着物が多い。
さらに三女神の衣装の枚数も、田心姫命は6枚、湍津姫命は5枚、市杵島姫命は8枚。そしてこの下にも小袖という白い着物を着ている。
袴も市杵島姫命が一番格式高くみえる。
更に十二単には後ろに成人の証として裳を付けるが田心姫命と市杵島姫命はつけているのに対し湍津姫命はつけていない。
制作者に霊能者でもいたのか?
春よりも夏のほうが枚数が多い
袴は市杵島姫が格式高い
三女神(夏)
田心姫命、湍津姫命、市杵島姫命
市杵島姫が一番重ねてる
湍津姫命だけこども?

#嚴島神社 #厳島神社
ご祭神はイチキシマヒメの命、タゴリヒメの命、タギツヒメの命。
#市杵島姫命
古事記では市寸島比売命または狭依毘売命、日本書紀では市杵嶋姫、先代旧事本紀では市杵島姫命または中津島姫命。アマテラス大神とスサノオの尊による”うけい”で、スサノオの尊が持っていた剣から生まれた3柱の女神、すなわち宗像三女神の1柱。3姉妹のうち、古事記は2番目、日本書紀は3番目とする。
長女のタゴリヒメの命は古事記ではタキリビメの命といい、オオクニヌシの神の妃とされる。タギツヒメの命は、先代旧事本紀ではタギツシマヒメの命またはヘツシマヒメの命といい、同じくオオクニヌシの神と結婚したとある。
イチキシマヒメの命に関しては、籠神社(京都府宮津市)のパンフに、あちらのご祭神・ヒコホアカリの命の妃と書かれている。しかも、それは海部氏系図の秘伝なのだそうだ。
ちなみに、播磨国風土記にはオオナムチの子としてホアカリの命が登場する。先代旧事本紀の訳注は、上記の点を全て踏まえた上で考察を加えているが、あまりに話が複雑で僕の処理能力を超える。
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