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【令和四年十一月二十一日参拝】厳島神社⛩️
大鳥居の足場から大鳥居を見学出来るとの事で、十一月二十日から宮島入りしてたのですが、二十日は厳島神社も鳥居見学も長蛇の列で諦めました💦
二十一日は、朝8時半前に出発して、厳島神社参拝からスタートです☺️
厳島神社データ
御祭神
市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
田心姫命(たごりひめのみこと)
湍津姫命(たぎつひめのみこと)
御由緒
当社の御祭神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)と素盞鳴尊(すさのおのみこと)が高天原(たかまのはら)で剣玉の御誓(うけい)をされた時に御出現になった神々で、御皇室の安泰や国家鎮護、また海上の守護神として古くから崇信を受けられた。
宮島に御鎮座地を探されるにあたり、この島を治める佐伯鞍職(さえきのくらもと)に神勅が下った。鞍職は大神様が高天原から連れてきた神鴉(ごからす)の先導のもと、御祭神と共に島の浦々を巡り、海水の差し引きする現在地を選んで御社殿を建てたのは、推古天皇御即位の年(593年)であると伝えられる。
その後安芸守となった平清盛(たいらのきよもり)が当社を篤く崇敬し、仁安3年(1168年)に寝殿造の様式を取り入れた御社殿に修造した。清盛の官位が上がるにつれ平家一門のみならず、承安4年(1174年)に、後白河(ごしらかわ)法皇の御幸(ごこう)、治承4年(1180)3月と9月に高倉上皇の御幸(ごこう)があるなど、多くの皇族・貴族が参詣され、都の文化がもたらされた。
当社に対する崇敬は、平家から源氏の世になっても変わることなく、又時代が移り室町時代の足利尊氏や義満、戦国時代の大内家、毛利家などからも崇拝された。
松島・天橋立と並び日本三景「安芸の宮島」として知られ、平成8年(1996年)にはユネスコの世界文化遺産に登録され現在にいたる。
〜厳島神社HPより〜
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世界遺産 今日一番の目的地厳島!朝一番で広島駅を出発。昨夜のハロウィンの名残か?岩国の米軍基地からやって来たらしい若い米兵がまだ酔った状態で駅に多くいます。機会が合わず参拝出来ずにいた厳島神社。大鳥居の修復も覆いが外され目にすることが出来る状態になったので足を運びました。宮島に上陸するとそこかしこに大人しい鹿たちがお出迎え、浜ではかけっこをしていました。朝早い時間なので参拝客もまばら、ゆっくりと廻ることが出来ます。潮は引いているので、大鳥近くまで歩いて行けます、残念ながら、滞在中は海に浮かぶ大鳥居は観ることはできません。こちらは次本来は1日滞在するのが良いかも。神社は中へ入るより外から眺めたほうが美しい。一番筆が早いといわれる神職の方からすらすらっと達筆な字で御朱印を戴きました。
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厳島神社に祀られているのは宗像三女神という三姉妹の女神です。
宗像三女神は長女の田心姫命(たごりひめのみこと)、次女の湍津姫命(たぎつひめのみこと)、末っ子の市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)からなる三姉妹の女神で日本神話では須佐之男命(すさのおのみこと)が高天原で天照大神とうけい(心が清いか汚いかを証明する儀式)で天照大神が須佐之男命の剣をかじり、息を吹きかけたときにこの三女神が産まれました。
須佐之男命は女神が産まれたので勝ちと勝手に決めつけた結果天照大神を天岩戸に閉じ込めたけどw
特に末っ子の市杵島姫命は三女神の中でも特に美しく、絶世の美女とされています。
以下のイラストは広島県の厳島神社の対岸の宮島口の地下道にある厳島神社に祀られている宗像三女神のイラストです。
何も説明がないとただの平安貴族に見えますが神様です。人間界の平安貴族と神様は似てるけど細かいところは根本的に別なのでしょう。そして八百万の神々の中でも宗像三女神は貴族。これだけ美しくて高貴なコスチュームでも人々からすると姿は見えないし天の神々の一つにしか過ぎないでしょう。

(春バージョン)
左の紫 田心姫命
真ん中のピンク 市杵島姫命
右の黄色 湍津姫命
桜をイメージしています。

(夏バージョン)
左の黄色 湍津姫命
真ん中の緑 市杵島姫命
右の紫 田心姫命
宮島水中花火大会を背景に、竹や海面から跳ねる鯉が印象的です。 夏にこのコスチュームは汗たくさんかいてめちゃくちゃ暑そう。

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