だいしょういん|真言宗御室派
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【安藝國 古刹巡り】
大聖院(だいしょういん)は、広島県廿日市市宮島町にある真言宗御室派の大本山の寺院。山号は多喜山(滝山)、寺号は水精寺(すいしょうじ)。本尊は三鬼大権現。梵鐘、木造不動明王坐像は国指定の重要文化財。
創建は不詳。寺伝によると、平安時代初期の806年、空海が宮島に渡り弥山(みせん)の上で修行し開基したといい、鳥羽天皇(在位1107年~1123年)勅願の祈願道場になったという。いずれにせよ、当寺は宮島で最古の歴史を持ち、厳島神社の別当寺として祭祀を司り、社僧を統括してきた。明治時代の神仏分離令で厳島神社とは切り離された。1885年の明治天皇の厳島神社行幸の際は行在所とされたが、1887年の火災で堂宇をことごとく焼失、現在の堂宇はすべてそれ以降に整備されたものである。
当社は、厳島神社の順路出口である西回廊を出て、左手の山の方に向かう道を300mほど進んだ小高い場所にある。境内は広く傾斜地にあって、麓の仁王門からスタートし、階段を登りながら段々に伽藍が続く造り。奥行きは200mほどあり伽藍も多いことから、見どころは盛りだくさん。説明板も充実しており、庭木も綺麗に整えられていて、ちょっとしたアミューズメントパークのようになっている。
今回は、宮島観光の1スポットとして参拝することに。参拝は平日の午前中で、家族連れを中心に多くの参拝者が訪れていた。外国人観光客グループが多かったのも印象的だった。
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【令和四年十一月二十一日参拝】大聖院
大聖院の由来
大聖院は真言宗御室派の大本山であり、関西屈指の名刹です。
鳥羽天皇の勅願道場として、明治天皇が中国地方を御巡幸された際の行在所になるなど歴代皇室との関係も深くあります。
明治維新までは十二坊の末寺を有し、厳島神社の別当寺として祭祀を行っていた厳島の総本坊です。
仁和寺と当院は本山と末寺というだけでなく、深く関係を持つ。
仁和寺第十二世門跡から十五世門跡までは京都の大聖院という仁和寺塔頭にて法務を執られていたこともあり、第二十世任助法親王(厳島御室)が法流宣布の為に厳島大聖院に御止住せられたのは先ほど述べたように仁和寺塔頭に大聖院があった為特に厳島大聖院を法流相伝の御室に充てられたものと思われる。
また当山の本堂は鳥羽天皇の勅願道場であり、仁和寺第五世覚性法親王は鳥羽天皇の第五皇子です。
治承四年(1180)三月の高倉上皇の御社参について記した土御門内大臣源通親公の「高倉院厳島御幸記」には厳島神社の別当寺といわれる所以が示されている。
現在、厳島神社の恒例行事である玉取延年祭(旧暦七月十八日)や、大晦日の鎮火祭は当山から始まったもので、神仏習合の密接な関係が伺われる。
〜大聖院HPより~
まずは御朱印から…
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