かんのんどう|真言宗
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観音堂(弘永寺跡)について
鎌倉時代の板碑が残る
堂宇自体の歴史は300年前に光恩寺阿闍梨の弘順という僧が開山した弘永寺に由来
明治に廃寺となり観音堂のみ残る
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300年ほど前に、光恩寺の阿闍梨だった弘順という僧が建てた弘永寺跡。明治に廃寺となり観音堂のみ現存。
一つ前の地蔵堂からも東に450m前後と近く、おそらく寺域がその辺りまで広がっていたか、飛び地墓地だったのではないかと思います。
光恩寺が管理しているのか、単独堂宇としては状態は良好で、境内にある石神や石仏にも事細かく説明が付けられてます👍
ここは駐車場はあったのですが、チェーン閉鎖されてて入れず⛓️😫
前の道路がわりと交通量が多く、しかも工業団地近くのためトラックの往来も多くちょっと躊躇したのですが、まぁ路側帯も広い道路だし大丈夫だろう😓と判断し路駐して手早く参拝🏃💦
・・・ところが!
入れないと思ってたのは墓地側の駐車場で、境内乗り付けができた模様😖 すまん!トラックの運ちゃんたち🚚🙇w
写真












観音堂(弘永寺跡)の情報
| 住所 | 群馬県邑楽郡千代田町赤岩3086-1 |
|---|---|
| 行き方 |
観音堂(弘永寺跡)の基本情報
| 名称 | 観音堂(弘永寺跡) |
|---|---|
| 読み方 | かんのんどう |
| 通称 | 後天神原観音堂 |
詳細情報
| ご本尊 | 《本尊》観世音菩薩 《脇侍》不明 《諸尊》出羽三山(大日さま)・二十三夜塔(さんやさま)・青面金剛(おさるさま)・庚申塔(こつしんさま)・地蔵菩薩 《石神》熊野神社 《弘安板碑》阿弥陀如来 |
|---|---|
| 宗旨・宗派 | 真言宗 |
| 創建時代 | 1700年代 板碑建立は弘安六年(1283年) |
| 開山・開基 | 弘順阿闍梨 |
| 文化財 | 弘安板碑(千代田町指定重要文化財) |
| ご由緒 | 今を去る凡そ三百年の昔、この地に光恩寺住職 弘順阿闍梨により開創せられた弘永寺が在り、累世衆生教化の中枢として地域の信を集め、文化八年再興せらしも明治の初期に廃寺となり本寺に合同し、その後衆中の懇望により旧寺跡の観音堂を護持して今日に及ぶ。
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| ご利益 | |
| 体験 | |
| 供養 |
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