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えいめいじ|曹洞宗精勤山

永明寺
群馬県 本中野駅

御朱印について御朱印
あり

本尊 薬師如来と、邑楽七福神の寿老人の御朱印あり

限定
-
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
-

その他の巡礼の情報

上州邑楽七福神 寿老人

永明寺について

足利尊氏の兜守本尊と伝わる薬師如来を本尊とし、作庭の名人 夢窓疎石によって開山されたと伝わる古刹。
夢窓国師手植えと伝わる、国指定天然記念物のキンモクセイがある

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くし
くし
2026年05月01日(金)1751投稿

本尊は足利尊氏の兜守本尊だった薬師如来、開山は夢窓礎石、さらに国の天然記念物指定されてる推定樹齢700年のキンモクセイの大木もあるという、なんでこんな名刹が地味な邑楽に😳⁉️といった何気にすごいお寺です。

ここも一度参拝済みのため当初はスルー予定だったのですが、神光寺と同じような理由で再訪。
今度は隠れキリシタン探訪なんてニッチな興味ではなく、寺社に対する知識が深くなった今、お寺そのものを味わってみようかと😅w

天然記念物のキンモクセイも夢窓礎石手植えと伝えられてますが、永明寺は西約2kmにあった慶湫寺という廃寺が江戸時代に移転再興したものとの異伝もあり、これにはちょっと疑義が残る😒❓️
後世の仮託かもしれませんが・・・まぁここはロマン重視で礎石の手植え説を信じましょうw🌱✋️

梅宮神社や神光寺で触れたように、邑楽のこの辺りは新田義貞の家臣達の領地で、そこになぜ宿敵の足利尊氏ゆかりの仏像を本尊とする寺があるのか?というのもなかなかのロマン。
この地で夢窓礎石と親交があったのは新田一族ではなく、新田氏進出より前からこの地に住んでいて、競合関係にあった板東平氏の片岡氏。
また尊氏が、滅ぼした新田一族の故地である邑楽に鎮魂や調伏、怨霊沈め等の目的で兜守本尊を寺として建てたのかもしれない・・・そういった太平記の裏面史的な想像を色々と掻き立ててくれるお寺です😌✨

ちなみにこのお寺は本尊と上州邑楽七福神の二種類の御朱印が授かれるのですが・・・
前回すでに受印したものと考えて庫裏声掛けはしなかったのですが、実は住職不在でまだ受印できてなかった・・・orz
まぁいいや、キンモクセイが咲く頃にまた来よう😭

永明寺(群馬県)

永明寺の入り口
境内の南東角にあります

永明寺(群馬県)

入り口右側の石仏

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永明寺の基本情報

名称永明寺
読み方えいめいじ
御朱印あり

本尊 薬師如来と、邑楽七福神の寿老人の御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号0276-88-0209

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

ご本尊《本尊》薬師如来(伝 足利尊氏兜守本尊)
《霊場本尊》寿老人
《堂宇》地蔵堂・六地蔵堂
《諸尊》水子地蔵尊
山号精勤山
院号薬師院
宗旨・宗派曹洞宗
創建時代元弘元年(1331年)
開山・開基(開基)足利尊氏 (開山)夢窓疎石
文化財

永明寺のキンモクセイ(国指定天然記念物)

ご由緒

永明寺は元弘元年(1331) 足利尊氏の兜守本尊と伝わる薬師如来を本尊として、作庭家としても有名な臨済宗の夢窓国師が開山したと伝わる。
寛永元年(1624) 吉宗正朔和尚が曹洞宗に改宗して再興。
明和年間(1764~72)に火災で焼失。安政三年(1857)に再度焼失。
現在の本堂は明治三年(1870)に再建、昭和五十年(1975)に改築。
――――――――――――――
【永明寺のキンモクセイ】
鎌倉時代末期の元弘元年(1331)、永明寺の開基である夢窓国師が植えたものであると言い伝えられており、七百年近い樹齢を経た希少な老樹である。
指定当時は、樹高16m、幹周り3.3m、枝張りが東西18m、南北14m、幹は地上13mから3分岐した傘状の巨樹であり、秋には黄赤色の花を枝一面につけ、その芳香は村中に届くと評された銘木であった。
昭和十二年(1937)に国の天然記念物に指定。
ところが、昭和四十一年(1966)の台風26号により、往時の姿は一瞬にして失われた。 主幹は地上5mで折れて倒伏し、根は大きな土山と化して地上に盛り上がった。寺では急遽町教育委員会などと連絡を取り、文化財保護事業として対策がとられる事となりました。
数年後大きな幹を支えていた根から小さな芽が数本出てきた。残念ながら主幹は回復しなかったものの芽生えた小さな芽は日ごと目に見えて生長した。その後も順調に成長を続け、現在では樹高も5mに達し、秋には花をつけ、樹勢も旺盛になってきました。 七百年の歴史の重みに堪え、鎌倉・室町時代という中世の邑楽町を物語る貴重な文化財であります。
――――――――――
【異伝】
永明寺の西方約2kmに片岡城跡があり、かつてはそこにも夢窓国師開山による慶湫寺(けいしゅうじ)という寺院があったという。
慶湫寺側の伝承によると、この慶湫寺が永明寺の前身であり(開山年は同一)、寛永元年(1624) に当地に移転再興されたと伝わる。
しかしこの説に従うと上記の夢窓国師手植えのキンモクセイの伝承と合わない。
夢想国師手植えが後世の仮託に過ぎないのか、移転時にキンモクセイも移植されたのか等は不明。

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