いいふくじんじゃ
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昼時にかかるギリギリに到着。まずは急いで参拝してから御朱印を蓮神社と合わせて戴きました。それからゆっくりと境内を散策。随分と手入れ管理されているのが伝わります。神社入り口が判らず、細い道を上がっていくわけだが、2つある道はそれぞれ同じ場所に行き着く。キャラクターや御朱印、インスタ映えを意識した境内造りをしているので、厳かな雰囲気はないが若い人には敷居が低くなって良いのかもしれない。宗良親王が征東将軍(征夷大将軍)となって御子の尹良親王と共に東国に赴いた
際、その宗良・尹良両親王の御息所にちなんで、ここに「位々登美(いいとみ)」の御神霊を奉祀した事が始まりとされています。この位々登美が何なのか?尹良親王が歴史上存在したのかなど疑問点が残りますが、全体としてほんわかとした神社でした。
社号標
一の鳥居
由緒書
二の鳥居
手水舎
狛犬
平成二十六年(2014)に新築された拝殿
扁額
本殿
神社キャラクター「めしふくろう」
御神木
祠群
福詣り
眷属の狐
境内社鳥居
境内社 菅原神社
境内社 白山比咩神社
石祠群
庚申塔
国定霊神
境内社 大国神社
大正十四年(1925)建立の古銭発見碑
今日は29日なので福(29)詣りに行って来ました。
最近では月替わり御朱印の他に1日、15日、29日に限定御朱印をお出ししているようです。
29日なので福(29)詣りに行って来ました。😊
幸福と食べ物に
困りませんように…✨👏✨
『めしふくろう』さんです。
願いを込めて撫でるといい福を授けてくれるという狛犬さん。
願いを込めて撫でるといい福を授けてくれるという狛犬さん。
4月の月替わり御朱印です。
歴史
当社の創建年代は明らかでないが、伝承によれば建武年間(1334~36)に宗良親王が父君後醍醐天皇の命を受け征東将軍となって東国に赴いたが、御子の尹良親王薨去後は新田一族を率いて王事を尽くしていた。
その宗良・尹良両親王の御息所にちなんでここに「位々登美」の御神霊を奉祀した事が始まりとされている。その後は那波氏によって再建されたが、正親町天皇の御代の永禄五年(1562)、北条氏の兵乱に遭って社殿は悉く破損した。しかし、由良氏によって修理がなされ、天正年間(1573~92)には竹姫公の采邑となった。
江戸時代に至ると、伊勢崎城主酒井日向守忠能によって修理が加えられ、明治維新以来は氏子の経営するところとなった。
明治7年、村社に列せられ、同40年9月17日、境内末社の愛宕神社・秋葉神社・菅原神社、字堤の飯福神社・同境内末社の琴平神社・八幡神社、及び字宮上の秋葉神社、字白山の白山神社・同境内末社の菅原神社・疱瘡社を合祀して今に至る。
境内には、大正14年建立の「古銭発見碑」があり、以前は桜の名所でもあった境内地を氏子たちは「カミノヤマ(上之山)」と称している。
名称 | 飯福神社 |
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読み方 | いいふくじんじゃ |
トイレ | 社務所にあり |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | あり |
御朱印帳 | あり |
電話番号 | 0270‐61‐5733 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
絵馬 | あり |
詳細情報
ご祭神 | 《主》保食命 《配》大物主命、誉田別命、火産霊命、倉稲魂命、菅原道真、菊理姫命、最上命 |
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創建時代 | 建武年間 |
ご由緒 | 当社の創建年代は明らかでないが、伝承によれば建武年間(1334~36)に宗良親王が父君後醍醐天皇の命を受け征東将軍となって東国に赴いたが、御子の尹良親王薨去後は新田一族を率いて王事を尽くしていた。
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体験 | おみくじ絵馬御朱印お守り |
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