あかぎじんじゃ
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楽しみ方赤城神社のお参りの記録一覧
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榛名山、妙義山と並び、上毛三山の一つに数えられる赤城山の標高1,345メートルの山頂にある大沼は、面積88ヘクタール、最深度は16.5メートルの湖。赤城山の噴火に伴いできたカルデラ湖で、夏の行楽シーズンにはボート遊びなどの行楽客でにぎわうほか、湖面が凍結した冬場にはワカサギ釣りやスケートなども楽しむことができる。
その大沼の東側、半島状に突き出した小鳥ヶ島に鎮座するのが、上州二宮の赤城神社。赤城山をご神体として祀る神社で、その創始は赤城山の山岳信仰から始まったとされる。関東地方をはじめ、全国各地にあるおよそ300社の赤城神社の本宮といわれる社の一つで、ほかの赤城神社と区別して、「大洞赤城神社」とも称される。
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赤城神社(あかぎ~)(大洞:だいどう)は、群馬県前橋市富士見町にある神社。式内論社(名神大)で、上野国二之宮の論社。旧社格は郷社。主祭神は赤城大明神、大国主命(大穴牟遅神)、磐筒男神、磐筒女神、経津主神、豊城入彦命。上毛三山の一つ、赤城山を御神体として祀る神社で、関東を中心に約300社ある赤城神社の本宮と推測されるうちの1社。赤城山の山頂の大沼のほとりにある。
創建は不詳。社伝によると、豊城入彦命が上毛野を支配することになって山と沼を奉斎し、允恭天皇、用明天皇の御代に社殿を創設した。『続日本後紀』には平安時代の839年に「赤城神」の神階奉授の記録があり、『日本三代実録』には神階昇叙の記載がある。また、平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』には「上野国 勢多郡 赤城神社 名神大」と記載されており、赤城神社(三夜沢)、二宮赤城神社とともに、その論社となっている(当社または赤城神社(三夜沢)は山宮で、二宮赤城神社は里宮と推定されている)。その後、3社のいずれかが上野国二之宮になったとされている。
江戸時代直前、厩橋(前橋)城主に入封した酒井重忠が鬼門にあたる当社を篤く信仰し、社殿を改築、2代目酒井忠世は相殿に徳川家康公を祀った。1641年に落雷により社殿が焼失し酒井忠世が新築したが、元来の赤城大明神の山岳信仰と東照大権現の合祀により、将軍家をはじめ諸国大名の信仰を集めた。江戸時代後期の19世紀初頭、赤城神社(三夜沢)との間で「本社」、「本宮」の文言を巡り、寺社奉行を巻き込んで争った。明治時代に入り、郷社に列した。昭和戦後の1970年に現在の小鳥ヶ島に遷座した。
当社は、JR両毛線・前橋駅から北東に道のり30kmの、赤城山の山頂にある大沼の東岸に突き出た小島上にある。大沼は赤城山のカルデラ湖で、湖畔にはホテルや保養所など、リゾート施設が立ち並んでいる。境内はそこそこ広いが、古木が並ぶエリアは限定的。多くは砂地になっている。現社殿は築50年程度なので、まだまだ新しい感じ。御朱印本・雑誌への掲載に積極的であるほか、お洒落で可愛らしい授与品で人気が高い(特に十二単姿の赤城神を描いた御朱印帳は有名)。赤城山観光の中心地になっている印象。
今回は、上野国の式内論社ということで参拝することに。参拝時は週末の午前中早めの時間、大沼まわりは家族連れ、ランニングの団体、自転車・バイクのグループ、クルマ愛好会などレジャーの人々でいっぱいで、当社にも多くの参拝者が来ていた。朝早めの時間で渋滞知らずで到着(9:30ごろ)したが、1時間後の帰り道は反対車線が大渋滞でびっくりした。(山頂までのワインディングは、クルマ好き、バイク好き、チャリンコ好きには堪らないコース。もし渋滞したら台無し...汗)
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赤城神社、前橋市の市内にある神社に訪問させてもらったことはありましたが、山中の神社訪問は初めてでした。道路標識や、カーナビに従って進むと、どんどん山奥に入っていきます。急なカーブをいくつも通り過ぎた後に急に神社が現れます。湖のほとりで、とても雰囲気のある神社でした。
山奥の割には人手が多く、人気のじんじゃなんだねぇなんて思いながら参拝。
社務所、きれいでしたが御朱印が印刷物。コロナ前だったので、なんだか物凄くがっかりしたことを覚えています。日付だけ入れるようになってまして、他は印刷されたものでした。事前に手書きしてあり、日付だけ入れるならまだしも・・・
まぁ、それだけ人気ということですよね。
御朱印の天転売が話題になった時期でもあるししかたないのかなぁ。
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