あかぎじんじゃ
赤城神社群馬県 水沼駅
社務所:09:00〜17:00
御朱印(1種類)
赤城神社の御朱印
上部真ん中に赤城神社の印、右上に「上毛野國 赤城山頂」の印、左上に「延喜式内 名神大社」の印が押されています。
平安時代に編纂された『延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)』に記載された神社を延喜式内社といい、赤城神社は名神大社として「上野国勢多郡 赤城神社」と記載されています。
大好きな赤城神社様へ参拝させていただきました(´▽`*)
今年2回目です。
また登山前の安全をお願いしました。
御朱印は書置きでいただきました。
目の前の大沼はガチガチ。
そして°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
今回の登山も雪深い長七郎山
山頂標識も隠れてしまうほどでした。
雪庇と山頂からの景色は素晴らしかったです。
山頂は氷点下10度でとっても寒かったです。
赤城神社⛩&赤城山また来年の初詣&初登りで行きたいと思います。
ありがとうございました。
✿こたらの駐車場情報✿
有りますが凍結注意です。
除雪⛄してあります。
駐車場までの道はスタッドレス必要です。
少々くねくねしているのでお気をつけて運転してください。
御朱印書置きでいただきました。
鳥居くぐって行きます。
雪多いです。
大沼凍ってます。
風も強い。
手水舎
凍ってます。
本殿
美しい
お参りさせていただきました
横から。
後にします。
雪だらけ。
ビジターセンター内の鳥居
昔のもの
そして
登山出発。
最初の見晴らし台
今日は景色が素晴らしい
途中です。
雪庇
今日は雪庇も見事
美しい
キレイです
景色と雪庇
何枚も撮ってしまいます。
景色
山頂へと続く道。
美しい雪庇
山頂到着
素晴らしい景色
山頂より
山頂より
山頂より
山頂より
アイコンのこたらちゃんです。
山にはいつも一緒です。
下山します。
空の青が美しすぎます。
小沼まで戻ってきました。
ここを渡って駐車場まで戻ります。
こんな感じに凍ってますので安全です。
ありがとうございました。
赤城山大沼の辺りに鎮座する延喜式内神社。主祭神は赤城山と湖の神様である赤城大明神。湖畔に赤の社殿が映えます。駐車場あり。御朱印は書き置きです。
赤城山
手水舎
拝殿
途中の休憩所より
書き置き御朱印です
赤城神社は主祭神に赤城大明神・赤城山と湖の神様をお祀りし、古来人々の守護神として信仰されてまいりました。
清らかな頂きから流れる水は、生命に命を与え、田畑の稔りをもたらします。
また、勇壮なる山なみは力強さを、四季折々の景色は優しさと美しさをあらわし、その山容と景観、神秘的なたたずまいは、仰ぎ見る人々の心を捉えてまいりました。
その信仰は太古に遡り設立年代は不詳ですが、大同元年(806年)に小沼から見上げる神庫岳(その後の地蔵岳)の中腹より、大沼の畔に御遷宮されたという記録が残されております。
この年号に因み、この地を大洞と名付けたのです。
この時、小沼の畔にも小沼宮(豊受神社)が建てられております。
神仏習合気には、はば広い信仰を集め、神社の規模も大きく発展し御神域も赤城山全体におよぶほどになり、朝廷より御神位を賜り、承和六年(839年)にはじまり、元慶四年(880年)には赤城沼神として昇叙し、長元年間(十一世紀)には正一位に叙せられております。
江戸時代に至り、相殿に東照大権現・徳川家康公をお祀りし、将軍家をはじめ諸大名の信仰厚く、三代将軍徳川家光公は寛永十九年に、社殿の再建を命じられました。
また、厩橋(前橋)城主は、自ら大祭に参列され、平和と安全を祈願されておりました。
厩橋城内をはじめ、各地に分社が勧請され、山開き例大祭には近隣の村々や、遠く、武蔵・安房・上総・常陸・越後の国々からも参詣者が訪れました。
赤城山登山口八か所に、鳥居が設けられ、これらは、近隣の村人によって奉納されたものです。
このうち、厩橋城主が登拝した参道の鳥居(前橋よりの登山口)を、一の鳥居と呼んだのです。
この頃、神祇伯白川家より「上野國総社大洞赤城神社」吉田家より「正一位赤城大神宮」の称号が贈られております。
名称 | 赤城神社 |
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読み方 | あかぎじんじゃ |
通称 | 大洞赤城神社、赤城大明神 |
参拝時間 | 社務所:09:00〜17:00 |
参拝にかかる時間 | 30分 |
参拝料 | なし |
トイレ | あり |
御朱印 | あり 右上に上毛野國赤城山頂の印が押された御朱印です。
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限定御朱印 | あり |
御朱印帳 | あり |
電話番号 | 027-287-8202 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
ホームページ | http://akagijinja.jp/sp/ |
おみくじ | あり |
お守り | あり |
絵馬 | あり |
SNS |
全国東照宮連合会 第9番 |
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ご祭神 | 《主祭神》 赤城大明神 豊城入彦命 磐筒男命 磐筒女命 経津主命 《配祀神》 大山祇神 徳川家康 《合祀神》 月読命,素盞嗚尊,埴山姫命,豊受姫命,市杵島姫命,高龗命,建御名方命,大日孁貴尊,菅原道真,誉田別命,水分神,火産霊命,御穂須須美命,煩之大人命,迦具土命,弥都波能女命,大土命,大物主命,鎌倉権五郎景政,保食命,罔象女命,倉稲魂命,猿田彦命,大国主命,木花咲夜姫命,伊弉冊命,事解之男命,天照皇大神,速玉之男命,久那斗神,大雷命,柿本人丸,屋加須利神,大山咋命, |
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ご神体 | 赤城山 |
創建時代 | 不詳 |
本殿 | 切妻造 |
ご由緒 | 赤城神社は主祭神に赤城大明神・赤城山と湖の神様をお祀りし、古来人々の守護神として信仰されてまいりました。
その信仰は太古に遡り設立年代は不詳ですが、大同元年(806年)に小沼から見上げる神庫岳(その後の地蔵岳)の中腹より、大沼の畔に御遷宮されたという記録が残されております。
神仏習合気には、はば広い信仰を集め、神社の規模も大きく発展し御神域も赤城山全体におよぶほどになり、朝廷より御神位を賜り、承和六年(839年)にはじまり、元慶四年(880年)には赤城沼神として昇叙し、長元年間(十一世紀)には正一位に叙せられております。 江戸時代に至り、相殿に東照大権現・徳川家康公をお祀りし、将軍家をはじめ諸大名の信仰厚く、三代将軍徳川家光公は寛永十九年に、社殿の再建を命じられました。
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体験 | 祈祷おみくじお宮参り絵馬七五三御朱印お守り祭り花の名所札所・七福神巡り伝説 |
概要 | 赤城神社(あかぎじんじゃ)は、群馬県前橋市富士見町赤城山にある神社。式内社(名神大社)論社、上野国二宮論社。旧社格は村社。 赤城山信仰の神社であり、赤城大明神や豊城入彦命ほか数柱を祭神とし、赤城山と山頂にある湖の大湖(おの)と小湖(この)を御神体としている。 正式名称は赤城神社であるが、他の赤城神社との区別のため「大洞赤城神社(だいどう-)」とも呼ばれる。関東地方を中心として全国に約300社ある赤城神社の、本宮と推測されるうちの1つである。 |
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歴史 | 歴史[編集] 赤城山(祭祀対象) 赤城山頂中央の半島(小鳥ヶ島)に当社。湖左奥の建物のある地が大洞。右奥の山は地蔵岳(神庫山)。 創建[編集] 創建は不詳。社伝では、豊城入彦命が上毛野を支配することになった際に山と沼の霊を奉斎したという。その後、允恭天皇・用明天皇の時代に社殿を創設したと伝える[1]。 創祀当初は神庫山(ほくらやま:後の地蔵岳)中腹に祀られていたというが、806年(大同元年)、大沼(おの)の南の畔(現在の大洞旧社地)に遷座し、小沼の畔には小沼宮(このぐう:後の豊受神社)が建てられた[2]。その際の年号に因んで神社周辺は「大洞(だいどう)」と呼ばれるようになったといい、通...Wikipediaで続きを読む |
行事 | 祭事[編集] 歳旦祭 (1月1日)[1] 祈年祭 (2月17日) 献花祭 (4月1日) 清祓の神事 (5月7日) 山開き祭・例大祭 (5月8日) 卯月八日祭・鎮花祭(祖霊祭) (旧暦4月8日) 神御衣(かんみそ)の神事(孟夏神御衣祭) (6月1日) 大祓、道饗祭・鎮火祭 (6月30日) 夏祭 (8月第1土曜日) 湖水祭(沼神祭・沼鎮めの神事) (8月8日) 祖霊祭(鎮魂祭) (8月) - 13日にむかえ祭、16日におくり祭 神御衣の神事(季秋神御衣祭) (10月1日) 秋祭 (10月体育の日) 新嘗祭・神無月祭 (11月23日) 師走大祓、道饗祭・鎮火祭 (12月1日) ^ 祭事は神社...Wikipediaで続きを読む |
引用元情報 | 「赤城神社 (前橋市富士見町赤城山)」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E8%B5%A4%E5%9F%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE%20%28%E5%89%8D%E6%A9%8B%E5%B8%82%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E8%A6%8B%E7%94%BA%E8%B5%A4%E5%9F%8E%E5%B1%B1%29&oldid=103617452 |
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