たかさきじんじゃ
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楽しみ方高﨑神社のお参りの記録一覧
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高崎市内の市街地に鎮座する高崎神社にお参りしてきました♪
寺務所、拝殿、本殿は新しく建て替えられていましたが、手水舎は昔のままで、重厚な屋根が素敵😍でした。
1243年、和田城主・和田小太郎正信が、相模国三浦郡の熊野権現を城中に勧請し、「熊野神社」と号したのが創建とされています。
その後井伊直正が高崎城を築城する際、この熊野神社を現在の地に遷座し、高崎総鎮守としました。1907年(明治40年)以降、境内末社12社と高崎市内の36社を合併し「髙崎神社」と改称されました。
天文三年の銘ある鰐口が社宝となっております。指定重要文化財に指定されているため一般公開されていません。
髙崎神社の拝殿正面の前に、「和田三石」の一つである「和田の立石」が置いてあります。 「和田三石」とは、『高崎志』によれば、「上和田の円石」「和田の立石」「下和田の方石」の三つのことで、高崎城の城主・和田氏はこの三石をとても愛していたと伝えられています。


近代的な造りの神社です。結婚式場もあり、入り口に鳥居がないので、わかりづらいですね。
境内は意外に広く、立派な境内社もありまして、街中にある事を忘れちゃいました。

通りから奥まった場所に鳥居があります。
広場のようになっていて、手前に結婚式場、左は社務所、右は独立なのか境内社なのかわからないりっぱな美保大國神社があります。

ギョッとする狛犬、ちょっと怖い



高崎神社は、群馬県高崎市にある神社。旧社格は県社。祭神は伊邪那美命、速玉男命、事解男命の3柱。別名は「おくまんさま」。高崎市の総鎮守とされる。
社伝によると、鎌倉時代の1243年、上野国和田城主であった和田小太郎正信が、相模国三浦郡の熊野権現を城中に勧請し「熊野神社」と号したのが創建。その後、安土桃山時代の1598年に井伊直政が上野国12万石を拝領し高崎城を築城する際に、熊野神社を現在地に遷座し、高崎総鎮守とした。
明治時代に入り、1870年に村社に列し、のち郷社に昇格、その後境内末社12社と高崎市内36社を合祀し、「高崎神社」と改称、1925年に県社となった。
当社は、JR高崎線・高崎駅の北西1kmほどの市街地の中にある。入口に大きな鳥居が立っておらず、大きな建物(神社直営の結婚式場)の横道を入って行くため、初めて行くには分かりにくい。ただ、境内には草木は少なく、大きな社殿は2階にあり1階は駐車場になっている。典型的な都会式の神社。
今回は、旧社格が県社ということで参拝することに。参拝時は週末の夕方で、自分以外には参拝者はいなかった。
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高崎市総鎮守
高崎市街地の寺社は後日集中的に回ろうと思ってたので当初は見送ったのですが、倉賀野神社で受印できなかったので行ってみることに。
主宰神は・・・なにぃ!? イザナギ抜きのイザナミ単独だと!(*゚∀゚)=3
これでゾンビ系女神のイザナミ様もお迎えできる(*´Д`) てか最初からこっち行けば良かったw
歴史を紐解くと元は熊野権現を勧請した神社らしい。
なので厳密にいうと速玉男命と事解男命という名前でイザナギとスサノオもシッカリ祀られてるんですがw
ただし熊野本宮の直系分霊ではなく相模国三浦郡の熊野神社を勧請したものらしい。
この辺りに熊野三権現の中でも特にイザナミが主宰神にされてる由縁があるのかもしれません。
境内は群馬県神社庁もあるらしく非常に近代的。
その代わり移動できる空間は限られてて見処は少ない(^^;
あれ? でも群馬県神社庁って群馬県護国神社の隣じゃなかったけ(・_・;?
調べてみたところ護国神社の隣の庁舎は平成26年建設なので、それ以前はこっちにあったのかも・・・まぁ神社庁は一般参拝者には関係ないからどうでもいいけどねw
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