はくさんじんじゃ
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楽しみ方白山神社(長滝神社・白山長瀧神社・長滝白山神社)のお参りの記録一覧
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【長滝白山神社(ながたきはくさんじんじゃ)】
長滝白山神社は、岐阜県郡上市白鳥町長滝に鎮座します。717(養老元)年、白山を開山したと伝えられる泰澄(たいちょう)が、白山中宮長瀧寺(はくさんちゅうぐうながたきでら)として創建したのがはじまりとされます。明治時代の神仏分離により長滝白山神社と長瀧寺に分離されました。神仏分離後も長滝白山神社と長瀧寺は同一境内にあります。
霊峰白山を神体山と仰ぎ、白山信仰の表日本における拠点。白山禅定道の三馬場(長滝白山神社、平泉寺白山神社、白山比咩神社)の一つ。
-祭神ー
①菊理媛神(くくりひめのかみ)…白山比咩神(しらやまひめのかみ)。伊奘諾尊と伊弉冉尊を仲直りさせたとして、縁結びの神とされている。
②伊弉諾尊(いざなぎのみこと)…国生みと神生みを行った男神。
③伊弉冉尊(いざなみのみこと)…国生みと神生みを行った女神。


岐阜県郡上市の白鳥に在る長滝白山神社です。
同一境内に在る長瀧寺を参拝しましたので当然ながらこちらも参拝しました。
祭神は、菊理媛神(ククリヒメノミコト)、伊弉諾尊(イザナギノミコト)、伊弉冉尊(イザナミノミコト)。
先に投稿した長瀧寺とダブりますが、
718年に白山中宮長滝寺として僧・泰澄が創建。723年には元正天皇の病気平癒を祈願して効験があったことから、十一面観音、聖観音、阿弥陀如来の本地仏を安置し、白山本地中宮長滝寺に改称したと伝わります。828年に法相宗から天台宗へ改宗。白山三馬場の一つになり(馬場とは白山登拝口の事)大いに栄え、30以上の堂宇が建ち、6谷6院360坊を有していた。1450年には比叡山延暦寺西塔院南尾一切経蔵院の末寺となった。明治初期の神仏分離により、長滝白山神社と長瀧寺に分離し現在に至りますが、同一境内で参道も同じであり、神仏習合の形態のままです。
明治32年(1899年)の大火により殆どを焼失。明治34年から再建を開始し、東西両社、拝殿、次いで大正8年に本殿を再建。よって、建物自体はそれ程古いものではありませんが、歴史を感じさせます。当日の5月5日は13時から「でででん祭」が執り行われるため、拝殿には祭りで使う神輿が3つ並べてありました。3つの神輿なのは白山三社のご神体からだと思います。前日参拝した福井県勝山市の平泉寺白山神社にも3つの社(本社、別山社、越南知社)がありましたが、こちらも同様に3つの社があります。
参拝後に拝殿右側の白山瀧宝殿の一角に在る社務所にて御朱印を頂きました。
祭り開催日に訪れたのですから、本来ならば祭りを見るべきとは思いましたが、まだ予定がありましたので後ろ髪を引かれる思いで失礼しました。

長滝白山神社⛩
11月初旬、九頭竜湖に紅葉🍁を見に出掛け、少し足を延ばして岐阜県白鳥にやって来ました。
紅葉が美しく🍁心洗われる静かな空間。
白山三馬場の一つとしか知らず訪れましたが、歴史的に凄く興味深く帰ってから頭の中を整理するまで時間がかかり、中々投稿出来ずにいました。
もう一度ゆっくり訪れたい地です。
白山信仰三馬場の一つ、美濃禅定道の拠点、美濃馬場白山中宮長滝寺として発展。
最盛期には「上り千人、下り千人」が行き交うほどの隆盛を極めたといいます。
その後神仏分離令により、長滝白山神社、白山長瀧寺に分れる。
参道の左側が白山長瀧寺の坊跡、正面に大きな拝殿があります。
拝殿は広いスペースの中にあり、私は見たことのタイプです。
本殿は凛とした佇まいです。
拝殿の左側に白山長瀧寺があります。

霊峰 白山への道
美濃馬場の石碑

右に長滝白山神社⛩、左に白山長瀧寺
右には駅が見えます🚞
丁度赤い一両列車が通ったのですが、写真間に合わず😓シャッターチャンスを逃しました💦
線路沿いにあり、踏切を渡って駐車場に入ります。



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