ふうろぐう
風浪宮のお参りの記録一覧
福岡県・佐賀県攻略作戦
『今日の御朱印』①
福岡県大川市「風浪宮」
・旧県社、別表神社
・社殿と石造りの五重の塔は国の重要文化財
・仕事で泊まったホテルから程近い
・素敵な直書きの御朱印300円也
今どき300円はなかなか無い(^^)
御朱印は直書きで300円。優しい宮司さんが九州弁で対応してくれました。
大鳥居
御由緒
風浪神社と石柱に書いてあります
神門に渡る橋、神門が見える
池にかかる橋
白鷺の大楠
本殿に向かう参道
本殿
本殿近影
石造りの五重の塔
五重の塔
本殿
境内社
狛犬
狛犬
長年、訪問したかった⛩️神社です。
今朝は、小雨が降る中、ゆっくり静かにお参り。
周る順序があった事を知ったのは自宅に帰ってからでした。次回こそは、順番に。
手前の橋がかかる池に金色の鯉
鯉からいつか🐲に
組子の絵馬がお出迎え
詳細説明
大川市の伝統工芸
串にささった干し柿が由来の珍しいお守り
お隣りの水郷柳川の300年の歴史があるあの名物を🥢
【筑後國 古社巡り】
風浪宮(ふうろうぐう)は、福岡県大川市酒見にある神社。旧社格は県社で、現在は神社本庁の別表神社。祭神は少童命三座(表津少童命、中津少童命、底津少童命)、息長垂姫命(神功皇后)、住吉三神(表筒男命、中筒男命、底筒男命)、高良玉垂命。俗称は「おふろうさん」。本殿、石造五重塔は国指定の重要文化財。
社伝によると、神功皇后が三韓征伐からの帰途、192年に筑後國葦原ノ津(大川榎津)に寄った際、阿曇蓮磯良丸に少童命(わだつみ)を祀ったのが始まり。戦国時代には筑後國柳川城主の蒲池鑑盛の崇敬を受け、1560年に本殿を建立している。明治に入り近代社格制度のもと県社に列格した。
当社は、西鉄八丁牟田駅の西方5kmの、花宗川南岸の平地にある。境内は広大で、その北西側は県道710号線に面しているが、県道の反対側には風浪宮外苑・大川公園や当宮直営の保育園、幼稚園があり、かつては相当な広さを誇っていたものと想像される。境内入口を入り鳥居をくぐって進むと、社殿周りは神門と透塀で囲まれた造り。神門前には大きな池があり、神橋を渡って進む。大きな社殿の周りには境内社も多く、その他構造物も多いため、かなり見応えがある。巨大な古木が古社の雰囲気を醸し出し、本殿、石造五重塔といった国重文が歴史ロマンに誘ってくれる。さすが別表神社といったところ。
今回は、福岡県の旧県社、別表神社であることから参拝することに。参拝時は休日の午後で、社殿前では例祭の準備中であったが、親族連れ、夫婦連れなどいろんなタイプの参拝者が訪れていた。
境内北西端入口全景。開放的な入口に大きな<鳥居>が立っている。
道の反対側(撮影位置の後方)は広い駐車場と大きな大川公園(当宮外苑)。
境内に入ると<鳥居>と<社号標>。鳥居の石扁額と社号標には「風浪神社」と刻まれている。
参道進んで左側にある本格的な<手水舎>。
手水舎近くの参道上から前方を望む。突き当りに<神門>があり、その両側に<透塀>が繋がっている。まさに大社の構え。
参道の左手にある<素戔嗚神社>。
参道の右手、少し離れたところにある<休憩所>。本来は絵馬殿か何かだったのかな。
いよいよ<神橋>を渡る。
神橋上から左側を眺める。本格的な池に太鼓橋が架かっている。
神橋上から右側を眺める。こちらには浮島がある。
<神門>全景。中央上部のセンスの良いお洒落な<干支絵馬>と可愛らしい<提灯>が気になる。(o^―^o)
神門をくぐったところからの眺め。ちょうど例祭か何かの準備作業中。
<拝殿>全景。堂々たるサイズ感と重厚感。
拝殿前左側の<狛犬>。
拝殿前右側の<狛犬>。
<拝殿>正面。向拝下の極太の注連縄が圧巻。
<拝殿>内部。写真右側の像は、神功皇后の三韓征伐の渡海を助けた、当宮初代宮司・安曇磯良丸(あづみいそらまる)の像。
神門をくぐったところから右前方にある<御神木>。「白鷺の楠」と呼ばれ、神功皇后の三韓征伐の帰途、風浪から皇后を守った少童命(わだつみのみこと;当宮の御祭神)の化身、白鷺がこの木に止まったとされている。
こちらが「白鷺の楠」の根元。推定樹齢はなんと2000年、幹回りは8m以上とのこと。
拝殿後ろの<本殿>。戦国時代の1560年、筑後國柳川城主・蒲池鑑盛による再建。三間社流造、檜皮葺。国指定の重要文化財。
本殿の周りを広く瑞垣が囲っている。
ここから反時計回りに社殿周りを見て廻る。
本殿の右側に建つ<天満社>(中央)と<蛭子命>(左)。
天満社の左側に建つ<薬師社>。
社殿の左側に廻って、本殿の左側にある<月讀神社>。
月讀神社の左側に建つ<稲荷社>。
稲荷社の左側に建つ<岩藤稲荷社>。
裏手に廻るとまた鳥居があって、扁額には「松風稲荷社」とある。
表側に戻ると、こちらが<松風稲荷社>の鳥居。社殿を両側で活用するとはすごい。(^_^;)
拝殿に向かって左手、少し離れたところにある<石造五重塔の覆屋>。
こちらが<石造五重塔>。南北朝時代の1355年(正平10年)の銘があり、「正平塔」とも呼ばれる。国指定の重要文化財。
最後に、駐車場脇にある「風浪宮しらさぎ幼稚園」の園庭。写真右後方の古木もすごいが、なんと園庭に本格的な境内社が建っている。すごっ!(;゚Д゚)
福岡県大川市を流れる花宗川の傍に鎮座しています。
立派な本殿です。様々な境内社もお祀りされていました。
一の鳥居
下の宮
下の宮の傍に、酒見貝塚の説明看板がありました。
磯良丸神社。幼稚園の敷地内に鎮座していて、外部の人間は近づけません。
磯良丸神社の御由緒を望遠で撮ってみました。
二の鳥居
二の鳥居の傍にも、御由緒がありました。
本殿入口
祇園社
五重塔
梅之宮。御祭神の木乃花咲耶姫は、桜の花ゆかりの神様というイメージがありましたが、ここでは梅の花なのでしょうか。
松風稲荷社の前面
松風稲荷社の後面。この稲荷神社は、前後両方からお参りできるみたいです。
岩藤稲荷社
月読神社
薬師社
天満社と蛭子社
幸神社
白鷺の大楠
白鷺の大楠の説明看板
192年神功皇后が三韓征伐の帰途にワダツミノミコトを阿曇連磯良丸に祀らせたのが始まり。
現在の本殿は1560年柳川城主・蒲池鑑盛の寄進で重文指定されている。
室町時代のものの石造五重塔も重文。
拝殿
拝殿
本殿
本殿
本殿
石造五重塔
祇園社
月読社
岩藤稲荷社
稲荷社
梅之宮
三韓征伐などで有名な神功皇后さまが直々に創建を命じた神社で、福岡の神社でも随一の歴史を誇ります。久留米市の高良大社、水天宮とともに''筑後地方三社巡り''の一社にも数えられます。
《一の鳥居》
《手水舎》
水は少量ですが流れています。なんか面白い形してますね。
《由緒書き》
👁チェックポイント‼️
社名の上に「勅命社」と書かれています。これは神功皇后さまの伝説のある場所を由来として建てられる神社が多い九州地方で、上述した通り勅命で建てられた伝承を持つので名乗っているそうです。神主さんからのコメントでした。
《隋身門》
《扁額と国旗》
《拝殿》
《安曇磯良丸像》
神功皇后さまから初代神主も命じられた方で、安曇氏は志賀海神社を本拠とする海洋民族でした。ちなみに現在の宮司さんもその子孫です。
《御神木》
《末社の紙垂》
よく見る稲妻の形のものではない、一般的には「伊勢流紙垂」に似ていますが、神主さん曰く、当社の社紋に由来した形なんだそうです。
《虎像》
寅は十二支の方角で鬼門を表し、鷺が丑寅の方角に飛んでいって現鎮座地に降り立ったという由緒に関連しています。
風浪宮(ふうろうぐう)
旧社格:縣社
御祭神:少童命三座(表津少童命、中津少童命、底津少童命)、息長垂姫命、
住吉三神、高良玉垂命
柳川市を巡った後はお隣の大川市へ。
神社前の駐車場にバイクを停め、
まずは下宮から・・・
鳥居の貫は新しいようですが、
こちらは肥前鳥居でしょうか?
下宮
外苑の大川公園
道路を隔てた境内へ進みます。
手水舎
神門
今回のツーリングで巡った神社は
神門の左右に回廊がある神社が多かったです。
肝心の御社殿の写真を撮り忘れました・・・
親子?の狛犬様
社務所の前の狛虎?様
『五重の塔』
境内社
『白鷺の大楠』
少童命の化身である白鷺が止まったとされる大楠で
樹齢約二○○○年だそうです
なにやら彫刻が展示されていましたが
詳しいことはわかりません
さすが木工の町大川・・・
なんて勝手に納得
最後に手書きの御朱印を頂きました
風浪の難を守護し給う、風浪宮に初めてお参りしました。
勝運守護の神社として、筑後国に鎮座されています。
鳥居横の桜は、三分咲きくらいでした。
満開になったら、きれいでしょうね。
参道から神橋を進むと、朱色の神門に迎えられます。奉納されている、組子で造られた絵馬の大きさと精巧さに見とれました。
日本一の家具造りの街、大川市らしさを感じました。
本殿は、歴史を感じさせる壮麗な造りで、拝殿に近づくと阿曇連磯良丸の力強いお姿に圧倒されます。
鳥居と桜
神橋と神門
神門
組子の絵馬
阿曇連磯良丸の像
拝殿
御神木「白鷺の大楠」
狛犬さま
狛犬さま
風浪宮外苑大川公園のさくらもきれいに咲いていました。
旧県社、現別表神社です。
創祀は、神功皇后の三韓出兵からの帰途時(2世紀ころ)とされていますが、延喜式内社ではなく、また六国史にもみえないようです。
神功皇后が、志賀海神社を祀ってきた阿曇氏により奉斎させたとのことです。
御朱印をいただくため社務所にお伺いすると、宮司様は外出中でいらっしゃいましたが、間もなく帰られるとのことで境内でまったりしてお待ちしていると、なんと!!梨とお茶をいただきました。
御朱印をいただきました。
感謝です!!拝。
重要文化財の石造の五重の塔
天然記念物である御神木の白鷺の楠。神功皇后が三韓出兵から帰られ筑後の港に至ったとき白鷺が忽然と現れ、その鷺が止まったのがこの楠の木であるとされとのことです。その後神功皇后が阿曇氏をして、この宮を祀らせたとのことです。
梨とお茶をいただきました。おいしかったです!!
#風浪宮
ご祭神はウワツワダツの命、ナカツワダツの命、ソコツワダツの命。相殿神にオキナガタラシヒメの命、住吉大神、コウラタマタレの命。
#表津少童命 #中津少童命 #底津少童命
ワタツミ三神と総称される海の神々。同じ福岡県の志賀海神社(福岡市東区)のご祭神でもある。
住吉大神もまた、ウワツツノオの命、ナカツツノオの命、ソコツツノオの命の3兄弟で、航海の守護神だ。ワタツミ三神とは関係が深く、イザナギの神が”みそぎ”をした時、交互に誕生した。
福岡県には、彼らを祀る住吉神社(福岡市博多区)がある。あちらによれば、あそこは全国でも最初の住吉神社だという。
かと思えば、宗像三女神もまた航海の守護神。その総本宮は、言わずと知れた宗像大社(宗像市)だ。
このように、海に関連する3きょうだいの神様は、3組とも福岡県に重要な神社を持っていることになる。互いに関係ないはずがない。
ところで、宗像大社は九州の辺津宮、大島の中津宮、沖ノ島の沖津宮が一直線に並ぶことで知られる。
風浪宮のパンフによると、風浪宮、志賀海神社、そして宗像大社沖津宮のある沖ノ島もまた、同一直線上に位置するそうだ。宗像三女神だけでなく、ワタツミ三神を奉斎する集団にとっても、沖ノ島は大切な祭祀拠点だったとのこと。
御朱印が格好良いです。どんど焼きやふろうさんまつりの知らせがあり、載せました。
おふろうさんまつりと呼びます。2月9、10、11日にあるそうです。
どんど焼きです。1月14日にあるそうです。
福岡県のおすすめ2選❄️
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