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はちまんじんじゃ

八幡神社のお参りの記録一覧
福井県 敦賀駅

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おりよ
おりよ
2026年09月23日(水)42投稿

創立年代不詳。
社伝に「第15代応神天皇が皇太子の時に武内宿祢を従えて、気比神宮に参拝されました折に、浦人が、この地に砂を盛り、地を清めて、行宮を建立いたしました。その後、築地八幡宮、正八幡宮と尊称申し上げた」といいます。
延喜式神名帳の越前国敦賀郡石田神社は「石田君之祖、即ち、石田大神」を大宝4年(704)2月に奉祀された社で、氏人の祖神であり、亦社家石井家の祖神であります。
宝亀11年(780)2月8日に第48代光仁天皇の勅を奉じた藤原永手が神殿を造営して、主祭神に譽田別尊、配祀神に石田大神(五十日足彦命)を奉斎されました。
貞観元年(859)7月14日に神祇大副の大中臣豊雄が勅使として奉幣された。
亦、弘安4年(1281)の元寇の国難と正応年中(1288~93)の異国降伏を御祈願に際して帝の勅を奉じて、奉幣の神事がありました。
弘治2年(1556)に朝倉義景が本殿を造営し、疋田城主の疋田景継が、同3年5月28日に阿弥陀仏像を奉納し、年々御供米50石を寄進されました。
元亀元年(1570)に織田信長と朝倉義景とが戦った時に罹災したが、天正12年(1584)に敦賀城主大谷刑部少輔吉隆が石燈籠一基を献納。
天正16年(1588)8月羽柴出羽守勝俊が幣帛を奉り、翌17年に大谷吉隆が太刀一口を奉納。
慶長3年(1598)に京極忠高が神殿を修造した。
寛永元年(1624)4月に福井城主松平秀康の代参多賀越中守が奉幣百疋を奉り、毎年御供米10石を寄進した。
慶安元年(1648)に後光明天皇から御紋章幕、提灯の御下賜があり、文政9年(1826)4月に青蓮院宮から御紋章提灯の下賜がありました。
その他に歴代の藩主や武将、庶民の崇敬が篤く、各種の奉納・奉祀がなされて来ました。
明治元年に、北越総督仁和寺宮、北陸鎮撫使高倉永祐、同副使四条降謌等の参拝がありました。
明治11年10月10日に明治天皇兵火が敦賀に車駕を駐められた時に、宮内卿徳大寺實則が幣帛料を奉って御代拝なさいました。
明治4年に小浜藩庁から藩社に列せられ、明治8年10月10日に敦賀県から郷社に列せられた。
明治41年4月26日に神饌幣帛料を供進される神社に指定された。
昭和12年8月18日に、県社に列せられた。
境内には杉・松・タモ・楓などが繁り、社殿壮麗に、神域は清浄に、氏子・崇敬者の尊敬奉賛の誠を捧げています。
昭和3年に昭和天皇の御大典記念事業として、本殿・末殿の屋根葺替。昭和4年に拝殿を改修し、昭和5年に雑庫を新築した。
今上陛下の御大典記念に拝殿・手水舎・社務所の改修工事を行った。(神社のページより)

こちらは、下調べをしないで何となく来た神社だった。大通りに、大谷吉継ゆかりの神社の案内があり、その表示に従い到着したのだ。

迎えてくれたのは2匹の猫たち。実は、ここ猫様の御朱印を貰えたらしい。残念。旅先で猫さまに会えると和むうの私でした。

そして、大谷吉継を偲ぶ会にて知った事として、敦賀城主になってから地域の発展を祈願し、街を整備していったという事なのだ。まずは港の整備、町割り、と。そんな篤い想いを感じる神社でした。

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惣一郎
惣一郎
2022年11月19日(土)1269投稿

【越前國 式内社巡り】

八幡神社(はちまん~)(敦賀市)は、福井県敦賀市三島町にある神社。式内論社で、旧社格は県社。主祭神は誉田別命、配祀神は五十日足彦命。旧称は「正八幡宮」、「築地八幡宮」。

創建は不詳。社伝によると、奈良時代の780年に神託があり、光仁天皇の勅命により藤原永手が社殿を造営し、八幡大神を奉斎したのが始まり。これより前の704年に勅により創建された石田神社の祭神、五十日足彦命(石田大神)を配祀しているが、この石田大神は平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載されている「越前國 敦賀郡 石田神社 小」に比定されている。なお当社は、神功皇后摂政13年(213年)皇太子であった誉田別命は武内宿禰とともに氣比大神を参拝したが、当社はその時の行宮跡とされ、当地の人々が砂で岡を築き行宮を建てたことから「築地八幡宮」の名があるとされる。
中世以降は皇室や武門の崇敬が篤く、鎌倉時代の元寇の際には勅宣により戦勝祈願をし、戦国時代には朝倉義景が社殿を造営している。1570年に織田信長の手筒山・金ケ崎城攻めの兵火で社殿を焼失したが、のち敦賀城主となった大谷吉継が城内の鎮守とし、江戸時代には小浜藩の歴代藩主の崇敬を受け、社殿の造営や社領の寄進があった。明治に入り、近代社格制度のもと郷社に列っし、のち県社に昇格した。

当社は、JR北陸本線・敦賀駅の北西1kmの、市街地の真ん中、平地にある。境内は社叢といえる敷地はないが、大きめの社殿、それを囲む瑞垣、社務所棟などが、割とゆったりと建っている。周りが住宅街で道幅が狭いが、旧県社らしい風格がある。

今回は、越前國の式内社、福井県の旧県社であることから参拝することに。参拝時は休日の午前中で、自分以外には参拝者は見掛けなかった。

八幡神社の鳥居

境内東端入口の<鳥居>と<社号標>。

八幡神社の狛犬

鳥居の手前左側にある1組目の<狛犬>。新しいオーソドックスなタイプ。

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