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じょうるりじ|真言宗豊山派医王山(いおうざん)

浄瑠璃寺
愛媛県 牛渕団地前駅

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
パーキング
駐車場
あり

境内右側 10台(無料)

巡礼

その他の巡礼の情報

四国八十八箇所第46番

おすすめの投稿

to_sun
2023年05月30日(火)
193投稿

【医王山(いおうざん)養珠院(ようじゅいん)浄瑠璃寺(じょうるりじ)】
本尊:薬師如来
宗派:真言宗豊山派
開基:行基菩薩
 浄瑠璃寺は、行基菩薩が奈良の大仏開眼に先だち、708(和銅元)年に布教のためにこの地を訪れ、仏法を修行する適地として伽藍を建立、薬師如来像を彫って本尊としたのがはじまりとされる。寺名は薬師如来がいる瑠璃光浄土から「浄瑠璃寺」とし、山号もまた医王如来にちなんでいる。約百年後の807(大同2)年、唐から帰朝した弘法大師(774-835)がこの寺にとどまり、荒廃していた伽藍を修復し、四国霊場に定めた。

浄瑠璃寺(愛媛県)

【46_T.Hamada's view】
 本堂

浄瑠璃寺(愛媛県)

【46_仏足石・仏手石】
 樹齢約1,000年のイブキビャクシンの大木や仏足石・仏手石がある。仏足石は釈迦の足跡とされ、健脚・交通安全にご利益があるとされる。(四国霊場開創1200年記念絵はがき)

浄瑠璃寺(愛媛県)

【46_仏足石】

浄瑠璃寺(愛媛県)

【46_本堂】

浄瑠璃寺(愛媛県)

【46_大師堂】

浄瑠璃寺(愛媛県)

【46_だっこ大師】
 弘法大師の子供のころをかたどった木彫りの大師。だっこするのにちょうどよい重さ。大師堂にいらっしゃいます。

浄瑠璃寺(愛媛県)

【46_手水舎】

浄瑠璃寺の建物その他

【46_一願弁天堂】
 本堂左手奥にある。一つだけ願いを叶えてくれるところから「一願弁天」と親しまれている。

浄瑠璃寺(愛媛県)

【46_仏手石】
 智彗(ちえ)や技能にご利益があるといわれている。

浄瑠璃寺(愛媛県)

【46_説法石】
 お釈迦様が説法・修行されたインド霊鷲山(りょうじゅせん)の石が埋め込まれている。

浄瑠璃寺(愛媛県)

【46_イブキビャクシン】
 樹高約20mのイブキビャクシンは弘法大師が加持したものといわれ松山市の天然記念物に指定されている。

浄瑠璃寺(愛媛県)

【46_境内へ上がる石段】

浄瑠璃寺の御朱印
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かっこ
2021年12月12日(日)
463投稿

四国八十八ヶ所お遍路第46番札所、医王山養珠院浄瑠璃寺。行基菩薩開基。白檀で彫られた薬師如来がご本尊。脇仏は日光月光菩薩。

浄瑠璃寺(愛媛県)
浄瑠璃寺の建物その他

薬師十二願いの鐘。12もお願いなんて欲張りませんよ。

浄瑠璃寺の本殿
浄瑠璃寺の本殿

本堂。

浄瑠璃寺(愛媛県)

大師堂

浄瑠璃寺の像

だっこ大師。

浄瑠璃寺の像

だっこ大師。

浄瑠璃寺の建物その他

説法石。

浄瑠璃寺(愛媛県)

九横封じ石。薬師如来は九横を救う。

浄瑠璃寺(愛媛県)
浄瑠璃寺(愛媛県)

樹齢千年。大師を迎えた霊木らしい。
と、籾大師。

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歴史

浄瑠璃寺は松山市内八ヶ寺の打ち始めの霊場である。参道入口の石段左に「永き日や衛門三郎浄るり寺」と彫られた正岡子規の句碑があり、お遍路を迎えてくれる。このあたりは遍路の元祖といわれる右衛門三郎のふる里として知られる。
縁起を辿ってみると、行基菩薩が奈良の大仏開眼に先だち、和銅元年に布教のためにこの地を訪れ、仏法を修行する適地として伽藍を建立した。白檀の木で薬師如来像を彫って本尊とし、脇侍に日光・月光菩薩と、眷属として十二神将を彫造して安置した。寺名は薬師如来がおられる瑠璃光浄土から「浄瑠璃寺」とし、山号もまた医王如来に因んだ。
約百年後の大同2年(807)、唐から帰朝した弘法大師がこの寺にとどまり、荒廃していた伽藍を修復し、四国霊場の一寺とした。室町時代の末期に足利幕府の武将、平岡道倚が病に苦しみ、本尊に祈願したところ、ご利益で全快したのに感激し、寺塔を再興して厚く帰依した。
江戸時代の正徳5年(1715)に山火事で本尊と脇侍をのぞいてほとんどの寺宝、伽藍を焼失したが、70年後の天明5年(1785)、地元の庄屋から住職になった僧・堯音が復興に尽力した。堯音は、托鉢をしながら全国を行脚してその浄財で現在の本堂その他の諸堂を再興している。また、社会事業家としても知られ、岩屋寺から松山市にいたる土佐街道に、苦難の末に8つの橋を架けている。
境内の樹齢1,000年を超す大樹イブキビャクシン(市天然記念物)が信仰を得ている。

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浄瑠璃寺の基本情報

住所愛媛県松山市浄瑠璃町282
行き方

伊予鉄バス 浄瑠璃寺前バス停
45【岩屋寺】より
(自家用車)約1時間 約35km
(徒歩)約5時間 約17.5km
47【八坂寺】より
(自家用車)約5分 約1km
(徒歩)約15分 約1km

アクセスを詳しく見る
名称浄瑠璃寺
読み方じょうるりじ
参拝時間

7:00~17:00

御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号089-963-0279
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

巡礼の詳細情報

四国八十八ヶ所霊場(お遍路)

詳細情報

ご本尊薬師如来
山号医王山(いおうざん)
院号養珠院(ようじゅいん)
宗旨・宗派真言宗豊山派
創建時代和銅元年(708)
開山・開基行基菩薩
文化財

イブキビャクシン 3本(松山市指定天然記念物)

ご由緒

浄瑠璃寺は松山市内八ヶ寺の打ち始めの霊場である。参道入口の石段左に「永き日や衛門三郎浄るり寺」と彫られた正岡子規の句碑があり、お遍路を迎えてくれる。このあたりは遍路の元祖といわれる右衛門三郎のふる里として知られる。
縁起を辿ってみると、行基菩薩が奈良の大仏開眼に先だち、和銅元年に布教のためにこの地を訪れ、仏法を修行する適地として伽藍を建立した。白檀の木で薬師如来像を彫って本尊とし、脇侍に日光・月光菩薩と、眷属として十二神将を彫造して安置した。寺名は薬師如来がおられる瑠璃光浄土から「浄瑠璃寺」とし、山号もまた医王如来に因んだ。
約百年後の大同2年(807)、唐から帰朝した弘法大師がこの寺にとどまり、荒廃していた伽藍を修復し、四国霊場の一寺とした。室町時代の末期に足利幕府の武将、平岡道倚が病に苦しみ、本尊に祈願したところ、ご利益で全快したのに感激し、寺塔を再興して厚く帰依した。
江戸時代の正徳5年(1715)に山火事で本尊と脇侍をのぞいてほとんどの寺宝、伽藍を焼失したが、70年後の天明5年(1785)、地元の庄屋から住職になった僧・堯音が復興に尽力した。堯音は、托鉢をしながら全国を行脚してその浄財で現在の本堂その他の諸堂を再興している。また、社会事業家としても知られ、岩屋寺から松山市にいたる土佐街道に、苦難の末に8つの橋を架けている。
境内の樹齢1,000年を超す大樹イブキビャクシン(市天然記念物)が信仰を得ている。

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