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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※浄土寺ではいただけません

じょうどじ|真言宗豊山派西林山(さいりんざん)

浄土寺

愛媛県 久米駅

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089-975-1730

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
パーキング
駐車場
あり

仁王門前 普通20台 バス4台(普通車100円)

巡礼

四国八十八ヶ所霊場(お遍路)
四国八十八箇所第49番
伊予十三仏霊場第2番

浄土寺について

奥之院


本堂左から裏山を5分登ると牛峯地蔵尊とミニ四国八十八箇所があります。

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のぶさん
2020年08月17日(月)
1200投稿

境内入口に正岡子規の句碑「霜月の空也は骨に生きにける」が立つ。浄土寺は空也上人(903〜72)の姿がいまに残る寺である。腰のまがったやせた身に、鹿の皮をまとい、ツエをつき鉦をたたきながら行脚し、「南無阿弥陀仏」を唱えるひと言ひと言が小さな仏となって口からでる姿が浮かぶ。道路を補修し、橋を架け、井戸を掘っては民衆を救い、また広野に棄てられた死体を火葬にし、阿弥陀仏を唱えて供養した遊行僧、念仏聖である。
この空也上人像を本堂の厨子に安置する浄土寺は、縁起によると天平勝宝年間に女帝・孝謙天皇(在位749〜58)の勅願寺として、恵明上人により行基菩薩(668〜749)が彫造した釈迦如来像を本尊として祀り、開創された。法相宗の寺院だったという。のち弘法大師がこの寺を訪ねて、荒廃していた伽藍を再興し、真言宗に改宗した。そのころから寺運は栄え、寺域は八丁四方におよび、66坊の末寺をもつほどであった。

空也上人が四国を巡歴し、浄土寺に滞留したのは平安時代中期で、天徳年間(957〜61)の3年間、村人たちへの教化に努め、布教をして親しまれた。鎌倉時代の建久3年(1192)、源頼朝が一門の繁栄を祈願して堂塔を修復した。だが、応永23年(1416)の兵火で焼失、文明年間(1469〜87)に領主、河野道宣公によって再建された。
本堂と内陣の厨子は当時の建造で、昭和36年に解体修理をされているが、和様と唐様が折衷した簡素で荘重な建物は、国の重要文化財に指定されている。

浄土寺の山門浄土寺の山門浄土寺の建物その他浄土寺の末社浄土寺の手水浄土寺の建物その他浄土寺の仏像浄土寺の末社浄土寺の本殿浄土寺の建物その他浄土寺の本殿浄土寺の建物その他浄土寺の建物その他浄土寺の本殿浄土寺の末社
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浄土寺の基本情報

住所愛媛県松山市鷹子町1198
行き方

久米駅 下車(0.4km)
48【西林寺】より
(自家用車)約10分 約3km
(徒歩)約50分 約3km
50【繁多寺】より
(自家用車)約5分 約2km
(徒歩)約25分 約1.5km

アクセスを詳しく見る
名称浄土寺
読み方じょうどじ
参拝時間

7:00~17:00

トイレ仁王門の横
御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号089-975-1730
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

ご本尊釋迦如来
山号西林山(さいりんざん)
院号三蔵院(さんぞういん)
宗旨・宗派真言宗豊山派
創建時代天平勝宝年間(749〜757)
開山・開基恵明上人
札所など

四国八十八箇所第49番
伊予十三仏霊場第2番

文化財

本堂、木造空也上人増(重要文化財)
不動明王像(松山市指定有形文化財)

ご由緒

境内入口に正岡子規の句碑「霜月の空也は骨に生きにける」が立つ。浄土寺は空也上人(903〜72)の姿がいまに残る寺である。腰のまがったやせた身に、鹿の皮をまとい、ツエをつき鉦をたたきながら行脚し、「南無阿弥陀仏」を唱えるひと言ひと言が小さな仏となって口からでる姿が浮かぶ。道路を補修し、橋を架け、井戸を掘っては民衆を救い、また広野に棄てられた死体を火葬にし、阿弥陀仏を唱えて供養した遊行僧、念仏聖である。
この空也上人像を本堂の厨子に安置する浄土寺は、縁起によると天平勝宝年間に女帝・孝謙天皇(在位749〜58)の勅願寺として、恵明上人により行基菩薩(668〜749)が彫造した釈迦如来像を本尊として祀り、開創された。法相宗の寺院だったという。のち弘法大師がこの寺を訪ねて、荒廃していた伽藍を再興し、真言宗に改宗した。そのころから寺運は栄え、寺域は八丁四方におよび、66坊の末寺をもつほどであった。
空也上人が四国を巡歴し、浄土寺に滞留したのは平安時代中期で、天徳年間(957〜61)の3年間、村人たちへの教化に努め、布教をして親しまれた。鎌倉時代の建久3年(1192)、源頼朝が一門の繁栄を祈願して堂塔を修復した。だが、応永23年(1416)の兵火で焼失、文明年間(1469〜87)に領主、河野道宣公によって再建された。
本堂と内陣の厨子は当時の建造で、昭和36年に解体修理をされているが、和様と唐様が折衷した簡素で荘重な建物は、国の重要文化財に指定されている。

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