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いしてじ|真言宗豊山派熊野山(くまのざん)

石手寺のお参りの記録一覧
愛媛県 道後公園駅

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高砂あさっぴー
高砂あさっぴー
2026年03月25日(水)1639投稿

松山市石手寺にある真言宗豊山派のお寺。
四国八十八ヶ所霊場第五十一番札所。
道後温泉からレンタサイクルで参拝。

聖武天皇の勅願寺として創建されました。
伝説によれば、伊予国河野家の衛門三郎は強欲で慈悲の心を持たない人間で托鉢に来た弘法大師を追い払おうと竹箒で鉢を割ってしまいました。
それ以降衛門三郎は子供達が亡くなる不幸に見舞われ大師への懺悔の気持ちから大師を追って四国の各所を巡りました。
これが今日まで続く四国遍路の始まりとされています。
20回遍路を重ねても大師に出会えず21回目から逆回りを始めましたが、旅路の途中で倒れそこでようやく大師と再会した衛門三郎は大師に望みを訪ねられ来世でも河野家に生まれ人の役に立ちたいと言い亡くなりました。
その衛門三郎に大師名前を書いた石を握らせました。
次の年に河野家に男の子が石を握りしめたまま産まれてきました。
その石を治めた寺こそ石手寺です。

参道は長い回廊になっていて名物の焼きもちやお土産を販売しているお店が並んでいました。
本場八十八ヶ所のお寺と言うこともあり境内には本堂以外にも様々な御堂が立ち並んでいます。
境内左側には愛媛県ビルマ戦没者供養塔もありました。
あとこのお寺ですが猫ちゃんがいっぱいいます。
しかも人馴れしているのか全然逃げないので写真撮りまくりです。

特殊な物としては本堂左側から入るマントラ洞窟があります。
洞窟内にはお地蔵様等の仏像が並んでいます。
二手に分かれていて入口から真っ直ぐ進むと反対側に出てインドの方角を向いている巨大な弘法大師像を拝むことが出来ます。
右に進むと沢山の仏像と曼荼羅がある神秘的な空間が待っていました。
そこから本堂右側の出口に辿り着きます。

そしてやはり頂きたいのは御朱印。
達筆かつ素早く書いて頂きました。
流石は本場の八十八ヶ所です。

石手寺の自然

寺院前

石手寺の歴史

由緒書

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sasaki3
sasaki3
2026年03月11日(水)3221投稿

石手寺 四国八十八霊場順打ち

石手寺の御朱印

石手寺 四国八十八霊場順打ち

石手寺の像

石手寺 四国八十八霊場順打ち

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2024年08月16日(金)3328投稿

1泊2日四国八十八か所巡り。2日目の4寺院目です。
こちら石手寺さん 見ることろが多すぎます。見て回るのにかるく2時間以上かかります。
境内が広くて建物も多い。それだけでなく裏手の山にも権現さんや巨大な弘法大師さんがいらっしゃったり 私はお山は諦めました。それでも1時間以上かかりました。
まず大きな街道沿いにある入口は 川沿いになっていてそこに手水があります。水量が多くて冷たくて 真夏にはずいぶん助かります。
お土産屋さんが並ぶアーケードのような参道を歩くと 先に仁王門があります。
お土産屋さんがこれだけ常設なのは 参拝者がとても多いということでしょうね。
仁王門をくぐると 中央だけ広く開いているものの 回りはすべて建物で囲まれている感じでした。
多い建物の中で やはり中央の三重塔はひときわ目立ちます。
いつものように 本堂からぐるぐるとまわり 不思議な洞窟の入口にたどり着きました。
事前に下調べをしていなかったので ちょっとミステリアスで楽しみでした。
最初だけ明るくなっていますが 20歩も進むとほぼ真っ暗になりました。
途中に何かあるのは分かりますが それが何かよく見えません。
しょうがないので スマホで10秒ぐらい動かずに撮りました。
突き当りは外の道につながっているのですが 岩を置いてあってUターンでした。
ぐるっと出てきたら大師堂の裏でした。
三重塔のまわりには 四国八十八か所霊場お砂撫でというのがありました。
踏まずに撫でるわけですね。
めちゃくちゃ暑かったのですが 洞窟があったおかげで苦しまずにすみました。

山号は熊野山 院号は虚空蔵院 宗旨宗派は真言宗豊山派 ご本尊は薬師如来 創建年は(伝)天平元年(729年) 開基は(伝)行基、聖武天皇(勅願)です。

ご真言とご詠歌は
本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
御詠歌:西方をよそとは見まじ安養(あんよう)の 寺に詣りて受くる十楽(じゅうらく)
でした。

由緒については
寺伝によれば 神亀5年(728年)に伊予国の太守 越智玉純(おちのたまずみ)が夢によってこの地を霊地と悟り熊野十二社権現を祀った。
これは聖武天皇の勅願所となり 天平元年(729年)に行基が薬師如来を刻んで本尊として安置して開基したという。
創建当時の寺名は安養寺 宗派は法相宗であったが 弘仁4年(813年)に空海(弘法大師)が訪れ 真言宗に改めたとされる。
寛平4年(892年)領主・河野息利に生まれた長男・息方が当寺で祈祷を受けると握っていた手から「衛門三郎再生」と書かれた石が現れたという衛門三郎再来の伝説によって石手寺と改められた。
河野氏の庇護を受けて栄えた平安時代から室町時代に至る間が最盛期であり 七堂伽藍六十六坊を数える大寺院であった。
永禄9年(1566年)に長宗我部元親による兵火をうけ建築物の大半を失っているが 本堂や仁王門 三重塔は焼失を免れている。
とありました。

石手寺(愛媛県)

こんもりした所が入口です

石手寺(愛媛県)

石柱

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sasaki3
sasaki3
2024年06月18日(火)3221投稿

お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
47番 石手寺

石手寺の御朱印

お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
47番 石手寺

石手寺(愛媛県)

お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
47番 石手寺

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