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いしてじ|真言宗豊山派熊野山(くまのざん)

石手寺のお参りの記録一覧(2ページ目)
愛媛県 道後公園駅

ささ
ささ
2020年02月02日(日)
2448投稿

5巡目 平成28年 申年逆打

石手寺の山門

山門

石手寺の本殿

本堂

石手寺の授与品その他

5巡目 平成28年閏年限定 記念散華

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to_sun
to_sun
2023年04月15日(土)
377投稿

【熊野山(くまのざん)虚空蔵院(こくぞういん)石手寺(いしてじ)】
本尊:薬師如来
宗派:真言宗豊山派
開基:行基菩薩
 寺の起源は、伊予の国主・越智玉純(おちたまずみ)が霊夢に二十五菩薩の降臨を見て、熊野12社権現を祀ったという寺伝による。玉純は728(神亀5)年に聖武天皇の勅願により、鎮護国家の道場として伽藍を創建。翌年729(天平元)年に行基菩薩が薬師如来像を刻んで本尊に祀って開基し、法相宗の「安養寺」と称した。813(弘仁4)年に弘法大師(774-835)が真言宗に改め、衛門三郎再来の説話から892(寛平4)年に石手寺と改称。

石手寺(愛媛県)

【51_T.Hamada's view】
 三重塔

石手寺(愛媛県)

【51_マントラ洞窟】
 道後温泉に近く、傍には石手川が流れる美しい寺。本堂の横には「マントラ洞窟」と呼ばれる洞窟が。中にはお地蔵さんがあり、参拝することができる。(四国霊場開創1200年記念絵はがき)

石手寺の地蔵

【51_マントラ洞窟】
 お地蔵さんにぶつからないように。帰り注意!

石手寺(愛媛県)

【51_本堂】

石手寺(愛媛県)

【51_大師堂】

石手寺(愛媛県)

【51_仁王門】
 高さ7m、二層入母屋造り。鎌倉時代(1318(文保2)年)の建立で国宝。山門一戸の両脇には運慶一門作と伝わる県指定文化財の金剛力士像を安置し、健康健脚になると言われる約3mの大わらじは4年に1度かけ替える。

石手寺の仏像

【51_仁王阿形像】

石手寺(愛媛県)

【51_仁王吽形像】

石手寺(愛媛県)

【51_阿弥陀堂】

石手寺(愛媛県)

【51_護摩堂】

石手寺(愛媛県)

【51_訶梨帝母天堂】
 古来、石手寺では訶梨帝母天堂(かりていもてんどう)の石を一つ頂いて帰ると子宝に恵まれるという言い伝えがある。恵まれたら頂いて帰った石に子供の名前、生年月日を書いて川原等で拾った石を二つお供えする。

石手寺(愛媛県)

【51_皆一緒大仏】
 五明王・五菩薩・五如来

石手寺(愛媛県)

【51_衛門三郎再来】
 伊予の国浮穴郡荏原の郷の領主・強欲非道な衛門三郎の家に、みすぼらしい旅の僧侶が訪ねて一夜の宿を乞うが、この僧が弘法大師とは知らずに、彼の托鉢をとりあげ投げつけたところ、鉢は8つに割れた。その後、8人の男子が次々に死に、三郎は邪見を捨て改心し四国巡礼に旅立つ。四国を20周しても大師に会えず、逆順の21周目831(天長8)年阿波の国焼山寺の麓で病に倒れる。死する前に大師に会え「来世は国司の家に生まれたい」という三郎の言葉に、大師は「衛門三郎」と書いた石を彼の手に授けると三郎は安心して息を引き取った。
 その後この地方豪族河野息利(おきとし)に男子が生まれたが、左の手を握ったまま開かないのでこの寺に願をかけたところ、手の中から「衛門三郎」と書かれた石が出てきた。男子の名は河野息方(おきかた)といい、衛門三郎の生まれ変わりと言われている。石は寺宝として残り、寺号を安養寺から石手寺に改めた。
 境内入口に正座をした衛門三郎の石像がある。

石手寺(愛媛県)

【51_衛門三郎玉の石】
 宝物館に展示

石手寺の御朱印
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レインボー
レインボー
2017年09月24日(日)
57投稿

道後温泉かとても近くです。国宝、重要文化財が多くあります。石手寺となった由来は、衛門三郎が、薄汚れた僧が一晩泊めてくれないかと頼み込んだ際、三郎は仕事に夢中で聞こえず、僧がしつこい為、忙しい、働かないからだと突き飛ばしたとか。その時に持っていた托鉢の鉢が八つに割れ、その僧は実は弘法大師で落胆して、その後三郎の八人の男子が次々に死んでいった。衛門三郎は、最愛の子をなく怠け者よばわりされ家をすて身を忘れてあの僧に会いたいと出る。四国を二十一回まわり、三郎の姿はあの薄汚い僧のように。彼はことごとく宿を断られ、ときにやさしく迎えられた。「ああ、人の心を知りぬれば、さはあらじを」。遂に阿波の国焼山寺の麓で病に倒れ息も絶え絶えになる。その時突然弘法大師が枕元に現れ「よくぞ修行し改心した。望みが有ればかなえよう」と言うと、三郎は「生まれ変われるものならば、領主に生まれ人を助けたい。今度こそはお泊めしたい」と言うと、彼の手に一寸八分の石に衛門三郎と彫み授けた。衛門三郎は安心して息を引き取った。それより幾許の年月をへてかこの地の豪族河野息利に男子が生まれたが右の手は握ったままで開かないので、この寺で祈願したところ手の中から”衛門三郎”と書かれた石がでてきた。そこでこの石を当山に納め、寺号を安養寺から石手寺に改めた。現在”衛門三郎玉の石”は宝物館に安置してある。

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