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意富比神社のお参りの記録一覧
千葉県 大神宮下駅

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malice
malice
2022年04月24日(日)832投稿

車で神社の前をよく通っていたのですが、初めて行って来ました😆
お社、石碑がたくさんありすぎて載せきれません💦

意富比神社の鳥居

一之鳥居⛩️
京成線大神宮下駅を出て左方向に進むとあります。
参道が長くて本殿が見えません😆

意富比神社の狛犬

狛犬様
「のぼらないこと」の札があちこちにありました😆

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Kumiko
Kumiko
2021年07月26日(月)291投稿

神社巡りをはじめてから2回目の訪問です。
船橋地方最大最古の古社
創建~約1900年との事です。
以下 意富比神社のリーフレットより抜粋
現在の御祀神は天照皇大神
平安中期の『日本三代実録』貞観5年(863)の記事で、「下総国意富比神」とあります。これは、船橋市域に関する文献として最古のものです。また平安中期の格式ある神社を記した『延喜式』(えんぎしき)の「神名帳」(じんみょうちょう)にも、下総国11社の中に「意富比神社」として載せられ、東国では数少ない「式内社」(しきないしゃ)でありました。

伊勢神宮との関係
前記のように、当社は中世以降一般には船橋神明と呼ばれることが多かったようです。神明とは伊勢神宮を分祀した神社のことです。
 すると、古代には当地方最有力の太陽神であった意富比神が、中世のある時期に伊勢神宮に同化したと想定されますが、そのあらすじは次のように想定されます。 —平安末期に近い保延4年(1138)に夏見を中心とする一帯が、伊勢神宮の荘園「夏見御厨(みくりや)」となった。実際には当地から伊勢神宮へ白布を貢納した。そうした関係から、当地には伊勢神宮が分祀され「神明社」ができたが、その御祭神は言うまでもなく、最高の太陽神である天照皇大御神であった。やがて地元の偉大な太陽神は、同じ太陽神である神明社に同化して船橋神明となり船橋大神宮と呼ばれるようになった。

という事で、御祀神変更以前の
古来より太陽神を祀っていたそうです。

意富比神社のその他建物

船橋駅から近い鳥居

意富比神社の鳥居

こんなところにも鳥居

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