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おおひじんじゃ

意富比神社の御朱印・御朱印帳
千葉県 大神宮下駅

右に下総國船橋郷と書かれ、真ん中に延喜式内意富比田井神宮下総船橋の印が入った御朱印です。
御朱印帳の表面には景観重要建造物である灯明台が、裏面には広重(二代)が描いた意富比神社の浮世絵がデザインされています。

御朱印について
限定
-
御朱印帳にお書き入れ
あり
素材・技法

切り絵

御朱印帳
あり
参拝時間

社務所:9:00~16:00 
電話受付 : 9:00~17:00

電話番号

047-424-2333

最新の御朱印・御朱印帳の投稿

BLZ
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2026年09月14日(月)521投稿

過去の参拝記録です。

中山法華経寺と奥之院をお参りした後は、船橋大神宮を訪れました。

正式には意富比神社といい、船橋地方を代表する非常に古い神社です。平安時代の『日本三代実録』には貞観5年(863年)の記事に「下総国意富比神」として登場し、『延喜式』の神名帳にも記載されている式内社です。現在は天照皇大神を主祭神としてお祀りしています。中世以降は伊勢神宮との結びつきが強くなり、船橋神明や船橋大神宮と呼ばれるようになりました。江戸時代には徳川家康から社領を寄進されるなど、船橋周辺の中心的な神社として信仰されてきたそうです。

境内を歩いていて特に印象に残ったのが、高台に建つ灯台のような建物でした。これは「灯明台」といい、見た目が灯台に似ているだけではなく、実際に船を導くために使われていた建物です。かつて船橋沿岸を航行する船は、船橋大神宮境内にあった常夜灯を目印にしていました。しかし、慶応4年(1868年)の戊辰戦争で社殿とともに焼失してしまったため、地元の人々の寄付によって明治13年(1880年)に現在の灯明台が建てられました。1階と2階は和風、最上階は西洋式灯台を取り入れた和洋折衷の造りで、明治28年(1895年)まで政府公認の私設灯台として使われていたそうです。現在は海岸線が遠くなっているため少し不思議な場所に灯台が建っているようにも見えますが、かつてこの辺りが海と非常に近く、船橋が海運や漁業と深く結びついた土地だったことを伝える建物でもありました。
境内にこんな本物の灯台が残っているとは思っていなかったので、特に印象に残りました。

意富比神社(千葉県)
意富比神社の御朱印
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