えんがくじ|真言宗醍醐派|春光山(しゅんこうざん)
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【青森県 西津軽郡 深浦町】(えんがくじ)
◇国道101号線五能線沿い 寺社巡礼 その3◇
青森県の日本海側では最も古く大きな寺院かもしれません。
坂上田村麻呂が807年に観音堂を建立されたという真言宗醍醐派の寺院です。
歴史も古いだけに様々なドラマもあったようです。
江戸時代の「北前船」は、日本海側が国内貿易の中心でした。
深浦の港には多くの船が立ち寄ったことでしょう。
遠方から到着した商人などは、深浦港に入った後、円覚寺に参拝に訪れたそうです。
日本海の荒波によって「命拾い」された方も多かったことでしょう。
「無事生還」を感謝し、「髷(まげ)」を奉納される習慣もあったそうです。
そんなわけで「北前船」の絵馬や「髷」の奉納が多く残されています。
金毘羅堂の内部は二分され、左に弁天様も祀られています。
同じお堂の中でちょうど分けてのお祀りも珍しい感じです。
お庫裡さんらしい方から御朱印をいただきました。
書置きですが、これまた珍しいタイプで「梵字」で書かれています。
境内のお堂の前に長靴や作業衣が残されていました。
先ほどのお庫裡さんが作業を中断して御朱印対応してくださったわけですね。
ありがとうございました。
大きな寺院のお手入れも大変の様子です。
「これからの季節は草むしりばかり」と嘆いておられました。
(・・・わかります。いつもご苦労様です。)

青森県 西津軽郡 深浦町 に境内を構える 円覚寺、正式名称は 春光山 円覚寺、2023に 深浦町に在る 日本一の大銀杏 を見に行きながら、気になる寺院参拝に立ち寄りました、右に大銀杏、左に樹齢千二百年にもなる 龍灯杉の巨木に囲まれた 歴史有る 真言宗 古刹寺院、本堂に有るインターホンを押すと、住職さん来てくれて、目の前で迫力の御朱印書いて頂けます。御朱印は5種有り、境内は拝観可能で 季節により違った絶景が見れると思います。当方は 道の駅 全国制覇者 で 全国の寺社、霊場を巡礼してます、2025 北國八十八ヶ所霊場、津軽三十三観音霊場 にて再度参拝致しました、前回同様、丁寧で親切な対応の有難い寺院様でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 春光山、寺号は 円覚寺、宗旨 宗派は 真言宗 醍醐派、本尊は 十一面観世音菩薩、北國八十八ヶ所霊場 第六十番札所、津軽三十三ヶ所観音霊場 第十番札所 (第九番札所 見入山 大悲閣 朱印も頂けます)、弘法大師 津軽二十三ヶ所霊場 第十二番札所、創建については『津軽一統志』には「平城帝の大同2年(807年)征夷大将軍坂上田村麿、観音堂を此地に建立し、厩戸皇子の巧妙作となる十一面観世音菩薩像を安置した」とある。円覚寺の創建は大同2年(807)、征夷大将軍である坂上田村麻呂が東夷東征で遠征してきた際、当地を拠点とし蝦夷を平定、戦が終わると観音堂を造営し自らの持仏(影顕石守仏)と聖徳太子が彫刻したとされる十一面観音像(秘仏、33年毎に御開帳)を安置したのが始まりと伝えられています。
貞観10年(868)に円覚法印(白山を開山した泰澄大徳の高弟、浄定の末弟)が全国の霊山を巡錫しながら当地を訪れ観音堂を再興、以後、修験色の強い寺院として発展しました。
歴代領主から庇護され康正3年(1457)に藤原氏家、永正3年(1506)には葛西頼清が堂宇の再建が行われ、薬師堂に安置されている厨子は嘉応年間(1169~1170年)に奥州平泉の藤原基衡(奥州藤原家2代当主、鎮守府将)が寄進したと伝えられています。
ただし、厨子(入母屋、板葺き、白木造、純唐様一間厨子)は永正3年(1506)に飛騨の匠によって建立されたとの伝承や、工法、意匠などから室町時代前期に建てられたと推定され、青森県最古の厨子建築として大変貴重である事から昭和49年(1974)に国指定重要文化財に指定されています。
江戸時代に入ると弘前藩(藩庁:弘前城)歴代藩主から祈願所として庇護され特に、初代津軽為信は大日如来尊像を寄進、寛永2年(1625)には2代津軽信牧が堂宇を再建、寛文7年(1667)と元禄10年(1700)に4代津軽信政が堂宇の再建を行っています。
深浦湊は寛永12年(1635)に青森湊・十三湊・鯵ヶ沢湊と共に弘前藩の四浦に指定された事で藩の庇護の下飛躍的に発展、それに伴い円覚寺が湊に近接した事もあり、海運業や漁業関係者から「澗口観音(湊を司り航海安全・豊漁の守護神)」として信仰され豊漁祈願や海中安全祈願などの船絵馬が数多く奉納されています。
江戸時代後期には紀行家で民俗学の祖とされる菅江真澄が参拝に訪れ由緒などを住民から聞き記録しています。
現在でも円覚寺には全国最古の船絵馬や北前型弁財船絵馬など106点が海上信仰史料として所有しており「円覚寺奉納海上信仰資料」として昭和56年(1981)に国指定重要有形民俗文化財に指定されています。
又、円覚寺 山門近くに立っている"円覚寺の竜灯杉"は暴風の際、船上で髷を切って祈願すると杉が光輝き船を湊まで導いてくれるとして船乗りから信仰の対象となっていた杉で、実際髷を切って無事湊まで戻る事が出来たら、その髷を額に入れ円覚寺に奉納する風習があったそうです。円覚寺の竜灯杉は平成5年(1993)に深浦町 指定天然記念物に指定されています。
円覚寺の寺宝である青森県内最古(至徳2年:1385年)の鰐口と鎌倉時代に制作された絹本著色聖宝僧正像、宝篋印塔は青森県重宝に、円覚寺奉納「菊」絵図は深浦町指定文化財に指定されています。
現在の円覚寺本堂は大正9年(1920)に深浦出身の船大工によって再建されたもので入母屋、銅板葺、平入、正面千鳥破風、正面3間唐破風向拝付、寛永2年(1625)と元禄13年(1700)に再建時の古材も一部利用されています。
山門も本堂と同時期に再建されたもので入母屋、銅板葺、三間三戸、八脚楼門、内部には京都出身の仏師吉田源之丞が明和5年(1768)に彫刻した仁王像が安置されています。

歴史
春光山円覚寺は、大同二年(西暦807年)征夷大将軍坂上田村麻呂が建立したと伝えられる県内屈指の古刹です。古来から澗口観音として信仰を集めた祈願寺で、嵐の中から生還した船乗りのチョンマゲが多数奉納されていることからも船乗りの信仰の厚さを感じられます。
円覚寺の情報
| 住所 | 青森県西津軽郡深浦町大字深浦字浜町275 |
|---|---|
| 行き方 | JR五能線「深浦駅」徒歩20分 |
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円覚寺の基本情報
| 名称 | 円覚寺 |
|---|---|
| 読み方 | えんがくじ |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 0173-74-2029 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | https://www.engakuji.jp/ |
| SNS |
巡礼の詳細情報
| 津軽三十三観音霊場 第10番 | ご本尊・ご祭神:十一面観音 御詠歌: ただ頼め 行く末祈る 深浦の 明日の命の ほどは白浪 |
|---|
詳細情報
| ご本尊 | 十一面観世音 |
|---|---|
| 山号 | 春光山(しゅんこうざん) |
| 宗旨・宗派 | 真言宗醍醐派 |
| 創建時代 | 807年(大同2年) |
| 開山・開基 | 坂上田村麻呂 |
| 文化財 | 薬師堂内厨子(国の重要文化財)
|
| ご由緒 | 春光山円覚寺は、大同二年(西暦807年)征夷大将軍坂上田村麻呂が建立したと伝えられる県内屈指の古刹です。古来から澗口観音として信仰を集めた祈願寺で、嵐の中から生還した船乗りのチョンマゲが多数奉納されていることからも船乗りの信仰の厚さを感じられます。 |
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