御朱印・神社お寺の検索サイト楽しみ方
ホトカミを続けていくために、
あなたのサポートが必要です〈特典あり〉
四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2024年4月
医王寺ではいただけません
広告

いおうじ|真言宗豊山派宝珠山

医王寺
愛知県 河和駅

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
あり

あり

巡礼

その他の巡礼の情報

知多四国 第30番札所
南知多観音 第10番札所

おすすめの投稿

nomuten
2024年02月28日(水)
808投稿

知多四国八十八ヶ所巡りの3寺目は、2寺目と同じく知多郡南知多町の大井に在る第30番札所の宝珠山 医王寺です。
2寺目の正法寺から南東へ約3km。
真言宗豊山派で、本尊は薬師如来。

725年に行基が近隣に草庵を結び、薬師如来を祀ったのが始まりと伝わる。814年に弘法大師が知多半島に上陸して、護摩行を修法し再興したという。かつては西の山中にあったが、1212年に現在地に移転。大伽藍を擁する一山十二坊の大寺院であり大いに栄えた。
現在は「大井の五ヶ寺」と呼ばれる5つの寺院があり、この医王寺の他に、利生院(第31番)、宝乗院(第32番)、北室院(第33番)、性慶院(第34番)で、医王寺の塔頭。医王寺は無住のため塔頭の4院にて維持管理している。(第30番の御朱印も持ち回りらしい。)

境内の左側に2台分の駐車場がありましたので停めさせて頂きました。
山門は無く、数段上がると左側に手水、右側の建物は倉庫の様です。振り返ると三十三観音。
先の石段を上がると右側に鐘楼、その横に阿弥陀堂です。本堂は向拝を中心に左右対称ではなく、左側が右側より倍くらいの長さがあり、外観だけの話ですが、やや違和感ありでした。
本堂内は3つの間に別れていて、中央は本尊、左側は弘法大師、右側は観音を祀ってあり、観音像の安置スペースがそれ程必要ではなかったため狭くしたのでしょうか。
堂内には入れず、格子戸越しでした。(法要等の時は蔀戸の様に上半分が開く?)
中央の須弥壇に薬師三尊と後ろに十二神将。ただ薬師如来の後に閉扉の厨子があるので見えている薬師如来はお前立かもしれません。
左側の間の壇には、弘法大師像が2躯、善光寺式阿弥陀三尊、聖徳太子像。
右側の間の壇には、南知多三十三観音霊場の札所本尊の千手観音でした。
こちらの御朱印は第33番札所の北室院で頂く事になります。

医王寺(愛知県)

御朱印

医王寺(愛知県)
医王寺(愛知県)

手水

医王寺(愛知県)

三十三観音

医王寺(愛知県)

倉庫?

医王寺(愛知県)

昔の鬼瓦、木鼻等を保管してある模様

医王寺(愛知県)

鐘楼

医王寺(愛知県)

阿弥陀堂

医王寺(愛知県)

阿弥陀如来

医王寺(愛知県)

本堂(向拝を中心に左右対称ではないためやや違和感あり?)

医王寺(愛知県)
医王寺(愛知県)

御朱印所の説明

医王寺(愛知県)

薬師三尊、十二神将

医王寺(愛知県)

弘法大師2躯、善光寺式阿弥陀三尊、聖徳太子

医王寺(愛知県)

南知多三十三観音霊場第10番札所本尊の千手観音

もっと読む
ハイチュウ
2024年02月10日(土)
3455投稿

名鉄の「歩いて巡拝 知多四国」で訪れました。最高の巡拝日和でした。

医王寺の建物その他
医王寺の建物その他
医王寺の本殿

本堂

医王寺の仏像

本尊薬師如来

医王寺の仏像

南知多三十三観音 10番札所
千手観音さん

医王寺の仏像

知多四国 30番札所
弘法さん

医王寺の建物その他
医王寺のお墓

知多四国三開山の一人、武田安兵衛行者のお墓です。本堂右手にあります。

医王寺の建物その他

医王寺の奥の院に行ってみましょう。

医王寺の建物その他

医王寺の裏手の小高い山にあります。

医王寺の建物その他

医王寺奥の院

医王寺の仏像

奥の院弘法大師
かつては医王寺本堂の裏手の崖の洞窟にあったのですが、山の上に移されました。

医王寺の仏像

修行大師もおられます。桜の季節がおすすめです。

医王寺の景色

山からの景色

もっと読む
投稿をもっと見る(9件)
名称医王寺
読み方いおうじ
参拝時間

納経所/7:00~17:00

御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳なし

巡礼の詳細情報

知多四国霊場

詳細情報

ご本尊薬師如来
山号宝珠山
宗旨・宗派真言宗豊山派
創建時代神亀2年(725)
開山・開基(開山)弘法大師 (開基)行基菩薩
ご由緒

神亀2年(725)行基が現在地の西方にある「仏山」に草庵を結び、薬師如来を安置して開基されたと伝えられる。
弘仁5年(814)舟で三河から知多半島に渡った弘法大師が当寺で護摩を修法したとも伝えられる。
建暦2年(1212)現在地に再建。七堂伽藍十二坊を擁する大寺院の中心として隆盛を極めた。しかし、その後は兵火や寺領没収が続き、往時の面影が失われていった。
現在は、一山塔頭寺院の利生院、宝乗院、北室院、性慶院の四院が交代で法灯を守っている。
(『知多巡礼紀行』より)

体験御朱印札所・七福神巡り

Wikipediaからの引用

概要
医王寺(いおうじ)は、愛知県知多郡南知多町大井真向38にある真言宗豊山派の寺院。山号は宝珠山。知多四国霊場第30番札所。
歴史
由緒[編集] 神亀2年(735年)、行基が薬師如来を安置して開創されたと伝わる。弘仁5年(814年)、空海(弘法大師)によって再興された。建暦2年(1212年)、現在地に移転した。かつては西方の山中にあったが、建暦2年(1212年)に現在地に移転したとされる。かつては大伽藍を持ち、一山十二坊の塔頭が有する知多半島屈指の大寺院だった。 周囲には「大井の五ヶ寺」と呼ばれる5つの寺院があり、いずれも真言宗豊山派である利生院(第31番)、宝乗院(第32番)、北室院(第33番)、性慶院(第34番)は医王寺の塔頭である。この4寺院には住職がいるが、医王寺は無住の寺である。師崎の遍照寺、篠島の医徳院、...Wikipediaで続きを読む
引用元情報医王寺 (愛知県南知多町)」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%8C%BB%E7%8E%8B%E5%AF%BA%20%28%E6%84%9B%E7%9F%A5%E7%9C%8C%E5%8D%97%E7%9F%A5%E5%A4%9A%E7%94%BA%29&oldid=92360489

この寺院の僧侶様へ

公式アカウント(無料)にご登録いただくと、

ご自身の寺院の情報を編集することができます。

無料登録して、参拝者が必要な情報を直接伝えてみませんか?

詳しくはこちら

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy andTerms of Service apply.

御朱印背景
行きたい
投稿する
お問い合わせ
ホトカミを続けるために、あなたのサポートが必要です。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから

お問い合わせ