かしまじんじゃ
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☆☆☆愛知県 豊田市☆☆☆(しもいちば かしまじんじゃ)
「豊田市中心部の寺社巡り」:先ほど投稿した光明寺のすぐ西側に鎮座されています。
現在の国道248号線から一本入った通りになれば静かなものです。
岡崎藩(現在の岡崎市)と拳母(ころも)藩(現在の豊田市)を結ぶ街道となれば、
その昔、徳川家康公も参拝に寄られたかもしれません。
現在の豊田市は「工業都市」として発展してきました。
自動車産業は歴史的には100年も経っていません。
その昔は、他の地方と同様に江戸時代より「養蚕業」が盛んな地域でした。
この辺りも「桑畑」でいっぱいだったとお聞きします。
現在では住宅地と変化してきました。
トヨタ自動車が「他」の地に創業していたらこの辺りはどんな地域だったのかと思うこともあります。
「本社移転問題」が起きた頃、拳母市(ころもし)から「豊田市」へと「地名変更」までして、
「トヨタ自動車」という会社を留められたわけです。
保守的な時代に、先人の「先見性」にも敬服します。
(当然「反対派」も多数お見えでした。)
その歴史をずっと見守られ続けていた神社であったのでしょう。
今後も時代は変わっていくのでしょうが、お守りくださるようお願いします。

鳥居・社号標
⇒この地域では珍しい鹿島神社です。

拝殿正面

手水舎

摂末社

摂末社

神馬像
先に投稿された方の写真を見ると、2022年には拝殿があったみたいですね。現在はありません。残念です。











拝殿右手の境内社


拝殿左手の境内社


(周辺情報)秋葉山常夜燈 光明寺山門の西にある道路はかつては瀬戸と岡崎を結ぶ岡崎道路として大変重要な道路であった。その光明寺山門横に常夜燈が設置されている。常夜燈は村内安全を祈るため村内の人たちが順送りに毎晩交替で蝋燭の献灯をしていた。また献灯をする時に手堤箱を申し送っていた。現在でも蝋燭の献灯、手堤箱の申し送りは続いている。

境内・文化財
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| 名称 | 鹿嶋神社(下市場町) |
|---|---|
| 読み方 | かしまじんじゃ |
詳細情報
| ご祭神 | 《主》武甕槌命 |
|---|---|
| 創建時代 | 永禄13年(1570) |
| ご由緒 | 創建は永禄13年(1570)3月の勧請と伝える。
1570年、織田信長の朝倉攻めにこの地方の武士も出陣した。與語久兵衛勝久などが出陣する時、鹿嶋神社で戦勝祈願をしたとされている。その後、宝永4年(1707)3月、下市場村矢頭久左衛門が主となり、鹿島大明神の本地仏十一面観世音菩薩像を造って祭った。明治6年(1873)村内の羽根田氏の氏神鎮守稲荷社、日高氏の氏神八王子社をこの神社に一緒に祭った。神社境内は、昔より市場として賑わい、中世の五日市場と推定されている。明治末期の頃まで、碧海郡の農家が境内に農産物を持参して、挙母の商人と取り引きしていた。
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