とがじんじゃ(さとみや)
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砥鹿神社(里宮)の御由緒・歴史
ご祭神 | 大己貴命(おおなむちのみこと) | |
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ご神体 | 本宮山 | |
創建時代 | 大宝年中(701~704年) | |
ご由緒 | 昔、大己貴命(おおなむちのみこと)が国土を開拓し諸国をめぐられ、但馬国朝来郡赤淵宮(兵庫県・赤淵神社)にお移りになって、さらに三河国(現在の愛知県東部)に向かわれた。(『但馬国続風土記』)<br>
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歴史 | 歴史[編集] 創建[編集] 社記(天正2年(1574年)の「三河国一宮砥鹿大菩薩御縁起」)では、大宝年間(701年-704年)に文武天皇の時に天皇の病を鎮めるための勅使として草鹿砥公宣(くさかどのきんのぶ)が派遣され、本茂山(本宮山)の神を迎えて里宮が創建されたとする[1][2]。 現在も砥鹿神社奥宮が鎮座する本宮山は東三河地方では中心的な孤峰であり、山中には磐座、山麓には古墳群の分布が知られることから、古代から山自体を御神体として信仰する山岳信仰の対象であったと考えられている[2]。また上記伝承に見える草鹿砥氏は砥鹿神社の旧社家で、同氏は穂別の後裔と伝えることから、かつて当地一帯を治...Wikipediaで続きを読む | |
引用元情報 | 「砥鹿神社」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E7%A0%A5%E9%B9%BF%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=101539457 |
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