たかくらむすびみこじんじゃ
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楽しみ方高座結御子神社(熱田神宮摂社)のお参りの記録一覧
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【尾張国 式内社巡り】
高座結御子神社(たかくら・むすびみこ~)は、愛知県名古屋市熱田区高蔵町にある神社。式内社(名神大)で、現在は熱田神宮の境外摂社。祭神は高倉下命(たかくらじ)。周辺の高蔵地域の鎮守神、産土神。
創建は不詳。伝承では天武天皇の御代(673年~686年)、もしくは熱田神宮本宮と同時期(景行天皇43年(西暦113年))とされる。国史では『続日本後紀』に、平安時代836年の条で名神に列する旨の記載がある。927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「尾張国 愛智郡 高座結御子神社 名神大」に比定されている。戦国時代の1571年の造営の際には織田信長からの寄進があり、江戸時代の1618年には蜂須賀家政による修理、1686年には江戸幕府による修理があった。太平洋戦争中、1945年に米軍による名古屋大空襲があり社殿を焼失したが、1963年に復興した。
当社は、名古屋市営地下鉄名城線・西高蔵駅(国道22号線上)の東側100mの住宅街にある。境内はかなり広く、旧県社クラスの広さがあり、熱田神宮の境外摂社と聞いてまたびっくり。多くの部分が古巨木が立ち並ぶ社叢となっている。社殿の形式としては戦前は「尾張造」という、本殿(後ろ)、祭文殿(中)、拝殿(前)を回廊で繋いだ左右対称の建築様式であったが、戦後再建時に尾張造をベースに祭典、参拝に便利な形でモディファイした新形式を採用したとのこと。
今回は、尾張国の式内社ということで参拝することに。参拝時は平日の午前中で、自分以外にも参拝者が数人いた。

境内南西端にある<鳥居>と<社号標>。

上写真だとよく見えなかった<社号標>。<熱田神宮摂社・式内名神大社・高座結御子神社>とある。古そうに見えないけど<明治四十五年(1912年)>とある。(;゚Д゚)






#高座結御子神社
ご祭神はタカクラジの命。
#高倉下命
古事記・日本書紀では高倉下、先代旧事本紀では高倉下命または手栗彦命。先代旧事本紀によれば、アメノカゴヤマの命が”たかまのはら”から降臨して以降の名。
尾張一の宮といえば、真清田神社(愛知県一宮市)。ご祭神はアメノホアカリの命だ。日本書紀によると、彼の御子がアメノカゴヤマ。どちらについても、”尾張のむらじ”という氏族の祖神とある。
先代旧事本紀によれば、アメノホアカリの命の別名がニギハヤヒの尊。タカクラジの命はニギハヤヒの尊とアメノミチヒメの命の子と。
そしてアメノカゴヤマの命の子孫をたどっていくと、オトヨの命とタケイナダネの命へ至る。オトヨの命は上知我麻神社のご祭神。タケイナダネの命は彼の御子で、熱田神宮本殿の相殿神だ。
ヤマトタケルの尊の妃で、氷上姉子神社のご祭神・ミヤスヒメの命は、タケイナダネの命の妹。先代旧事本紀はなぜか、彼女にはあまり言及しない。
僕は以前、”草なぎの剣”と”ふつのみたま”は別の剣なのに、なぜタカクラジの命が熱田神宮の摂社に祀られているのか、疑問だった。
今なら自分なりに答えられる。彼はヤマトタケルの尊をバックアップしたタケイナダネの命やミヤスヒメの命の遠祖にあたり、系図的には彼らと、真清田神社のアメノホアカリの命の中間のポジションにいる存在なのだ。
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