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きりしまじんぐう

霧島神宮の御朱印・御朱印帳
鹿児島県 霧島神宮駅

御朱印について
限定
-
御朱印帳にお書き入れ
あり
御朱印帳
あり
参拝時間

8:00〜17:30

電話番号

0995-57-0001

御朱印・御朱印帳の詳細情報

御朱印(3種類)

霧島神宮では、「霧島神宮」と4種類の「アマビエ」御朱印をいただけます。
そのなかからホトカミに投稿された「霧島神宮」と2種類の「アマビエ」御朱印を紹介します。

霧島神宮の御朱印

霧島神宮の御朱印

300円
真ん中に天孫降臨之地と書かれ、右上に天壌無窮(てんじょうむきゅう)の印、真ん中に霧島神宮の印が押されています。
天壌無窮は、「天壌(あめつち)と窮(きはま)り無(な)かるべし」と読み、(皇室の繁栄は)天地がある限り永遠であるという意味で、天孫降臨の時に天照大御神が皇孫の天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)に賜わったといわれる言葉です。

アマビエ御朱印

アマビエ御朱印

200円
真ん中にアマビエのイラストが入り、右上に疫病退散の印、左下に霧島神宮の印が押されています。
アマビエは、弘化3(1846)年に肥後国の海に出現した妖怪で、「疫病が流行したら私の姿を描いた絵を人々に見せよ」と告げて海に帰ったと伝わっています。

アマビエ御朱印

アマビエ御朱印

200円
真ん中にアマビエのイラストが入り、右上に疫病退散の印、左下に霧島神宮の印が押されています。
アマビエは、弘化3(1846)年に肥後国の海に出現した妖怪で、「疫病が流行したら私の姿を描いた絵を人々に見せよ」と告げて海に帰ったと伝わっています。

御朱印帳(1種類)

霧島神宮の御朱印帳

霧島神宮の御朱印帳

1,000円
約16×11cm
表面は社殿が描かれ、左上に御朱印帳の文字、裏面は緑色の霧島連山とピンク色のキリシマツツジがデザインされ、霧島連山とキリシマツツジに挟まれて霧島神宮の文字が入っています。

授与場所・時間

御朱印・御朱印帳ともに、拝殿に向かって左側にある社務所でお受けできます。

御朱印の受付時間は8時~17時30分。

詳しくは公式サイトをご確認ください。

最新の御朱印・御朱印帳の投稿

Trackhawk
Trackhawk
2026年03月31日(火)117投稿

創建伝承は天照大神の孫にあたる瓊瓊杵尊が高千穂峰に天降った「天孫降臨」の舞台であるという伝承に基づいて創建されたと伝えられており、祭神は瓊瓊杵尊を主神とし、その「降臨の地」を祀る社として創建されたというのが、もっとも基本的な伝承です。 神武天皇創建説 鹿児島県の紹介などでは、霧島神宮は「社伝によれば神武天皇の創建とされる古い社歴を持つ」と説明されています。この伝承では、初代天皇とされる神武天皇が、天孫降臨の聖地を敬い、そこに社を創建したとされています。 元宮と再建の流れ 霧島山中の「元宮」の伝承 もともと霧島神宮は、現在地ではなく霧島山中の別の場所(いわゆる「霧島神宮旧宮・元宮」)にあったとされます。度重なる噴火で社殿が焼失し、そのたびに場所を移しながら再建された、という伝承が残っています。「霧島山の神を鎮めるため、あるいは天孫降臨の地を祀るために山上に社が置かれたが、噴火で焼失し里に下ろされた」といった筋立ての伝承が、地元の解説や文化財資料で繰り返し語られています。 近世の社殿再建 現在の社殿は、噴火などで旧社殿が失われたのち、現在地に移されて再建されたものとされており、国宝に指定されている。

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霧島神宮の御朱印・御朱印帳コレクション全295枚

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