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女化神社のお参りの記録一覧
茨城県 入地駅

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たぬきちくん
たぬきちくん
2025年06月02日(月)90投稿

今回は、昔、家族で初詣に来ていた女化神社にお参りさせていただきました。
当時は、小学生で、訳も分からなく、ただ願い事をしていただけだったと思います😅

社地は、牛久市女化町内の龍ケ崎市の飛び地にあります。

~女化の狐伝説~
昔、忠五郎という男が野原を通りかかり、猟師に撃たれかけていた狐を助けた。その狐は、恩返しに忠五郎の妻となり、三人の子どもをもうけた。しかし、子どもたちに正体を知られ、野原に消えた。

この伝説から、「女化原」と呼ばれるようになり、稲荷の祠は、「女化稲荷」に。
馴馬村(現、龍ケ崎市)の「来迎院」が管理していたことから、龍ケ崎市の飛び地となり、現在に至ります。

〈創建〉永正二年(西暦1505年 室町時代)
当時は、稲荷大明神、女化稲荷と呼ばれていた。
文久二年(西暦1862年 江戸時代)に建てられた本殿を全面改装。
平成14年三月に再建された。(現在の本殿)

〈御祭神〉保食命(うけもちのかみ)
穀物の神、食物の神、田の神
五穀豊穣・商売繁盛の神

○○年経って、こうして再び、素敵な神社にお参りする日がおとずれたことに感謝です✨✨
また、初詣の思い出を作ってくれた両親にも感謝です✨✨

女化神社の御朱印

御朱印
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女化神社(茨城県)
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ヨシノリ
ヨシノリ
2025年05月13日(火)363投稿

 この日の最後は女化神社様にあがらせていただきました。保食命を御祭神としてお祀りしています。創建は永正2(1505)年と伝えられています。京都の伏見稲荷に参拝した地元の方が女化の地に稲荷信仰を広めたのがそのルーツといわれ、当時は稲荷大神と呼ばれていたようです。その後、改称して「女化神社」と呼ばれるようになりました。

〈狐の恩返し伝説〉
 昔、根本の忠五郎という人物が商売の帰りに女化原を通りかかった際、眠っている狐を猟師が狙っているところを目撃しました。これを哀れに思った忠五郎は咳払いで狐を起こし逃してやりました。これを恩に感じた狐は女性に化けて忠五郎の妻となり、3人の子どもをなして一家を繁栄させました。ある時、うたた寝をした女性は尻尾を出してしまいました。それを子どもたちに見られ正体を知られてしまい、恥に思った女性は一首の和歌を残し女化原に消え、二度と現れることはありませんでした。

 「女化」という名前は一度聞いた時に珍しく感じました。境内看板などで調べたところ狐の前述した狐の恩返し伝説から神社一体の地域が女化と呼ばれるようになったことを知りました。通常の神社では狛犬がいるところに狐が鎮座していたのも、この地域に狐の恩返し伝説が根付いていると感じました。

(参照:茨城県神社庁ホームページ、境内看板、産経新聞記事より)
 

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