えのしまじんじゃ
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楽しみ方江島神社のお参りの記録一覧
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いざ、江ノ島🏝️⛩️
所用で横浜に行く前に、以前から興味のあった江ノ島にちょっとだけ寄り道。タイムリミットは2時間。小走りで江ノ島を巡ってまいりました!
①江島神社
宗像三女神を祀る「辺津宮」「中津宮」「奥津宮」の三社が島に点在しています。
御祭神
須佐之男命と天照大御神の誓約(うけい)の際にに生まれた三柱の女神。
奥津宮 多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)
中津宮 市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)
辺津宮 田寸津比賣命(たぎつひめのみこと)
この三柱を江島大神と称しており、古くは江島明神と呼ばれていました。それが、仏教との習合によって弁財天女とされ、日本三大弁財天と言われるまでになりました。
三宮は、島の入口(弁天橋近く)から島の西端にかけて点在しており、辺津宮→中津宮→興津宮と順に巡って行きます。道中、弁財天を祀る奉安殿や龍神を祀る龍宮(わだつみのみや)など、見どころがたくさん。
本当は、半日くらいかけてゆっくり回りたいところですが、時間もないため早足で駆け抜けます。
アップダウンが激しく、なかなかの運動量でした。足腰が丈夫なうちに行けて良かった…
小さな島だと舐めていたら、思いの外ハードでした。





神奈川県藤沢市江の島に鎮座する神社で、日本三大弁天のひとつに数えられる。
欽明天皇13年(552)、神宣に基づき欽明天皇の勅命により、江の島の南の洞窟に宮を建てたのが始まりとされる。
神仏習合により「金亀山与願寺」と称する寺となった。
『吾妻鏡』によれば、寿永元年(1182)、源頼朝の命により文覚が島の岩屋に弁財天を勧請したとあり、これをもって創建とすることもある。
当社には岩本坊・上ノ坊・下ノ坊の3つの別当があり、それぞれ岩屋本宮(現在の奥津宮)・上之宮(現在の中津宮)・下之宮(現在の辺津宮)を管理していた。その中で岩本坊は総別当とされ、江島寺とも称した。
慶安2年(1649)に京都・仁和寺の末寺となってからは岩本坊のみ院号の使用が認められて「岩本院」と称するようになった。
三坊は競って当社の縁起を説いて回り参詣者を集めたが、そのうちに利権争いが起こり、寛永17年(1640)に岩本院は幕府からの朱印状を得て上ノ坊を吸収した。後に下ノ坊も支配するようになり、岩本院が全島の権益を握ることとなった。
明治元年(1868)の廃仏毀釈により、三重塔の他、多くの仏教施設や仏像などが破壊された。
明治6年(1872)には仏式を廃して神社となり、「江島神社」へ改称した。同時に僧侶は全員僧籍を離れて神職となり、岩本院は参詣者の宿泊施設としても利用されていたことから、旅館となり「岩本楼」へ改称した。
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