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いまきあおさかいなみいけがみじんじゃ

今城青坂稲実池上神社
埼玉県 神保原駅

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惣一郎
惣一郎
2021年12月05日(日)1269投稿

今城青坂稲実池上神社(いまき・あおさか・いなみ・いけがみ~)(上里町)は、埼玉県児玉郡上里町忍保にある神社。式内論社で、旧社格は県社。祭神は、伊吹戸主命(いぶきどぬし)、豊受姫命(とようけひめ)の2柱。

社伝によると、奈良時代の711年に勧請され、忍保庄の総社として崇敬された。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「武蔵國 賀美郡 今城青坂稲実池上神社 小」の論社の一つとなっており、論社は他に4社ある。鎌倉時代末期の元興年間(1331年~1334年)に新田義貞が金窪に大□(“椰”の木偏が王偏;おおだ)城を築城した際、艮(東北)にあって荒廃していた当社を再興し、鬼門除けとして戦勝祈願をした。その後代々城主の崇敬を受けたが、1582年の神流川合戦で社殿を焼失、1591年に川窪与左衛門信俊が社殿を再建、神殿を寄進した。江戸時代になると1694年の大洪水で社殿を流出、再興するも、1698年に川窪信俊の孫・武田越前守信貞が丹後国に転領になると衰退の一途をたどったが、江戸時代末期に地頭から社殿の修繕と神田の寄進を受けて社運が回復した。明治時代になると、村社に列し、その後県社に昇格した。

当社は、JR高崎線・神保原駅の北北東2kmほどの平地、畑が広がる農耕地帯の中にある。さすが旧県社だけあって境内は広々しており、社殿も大きい。社殿までの参道は木々に覆われていて、ちょうどこの時期は銀杏の葉が落ち、きれいな黄色のじゅうたんになっていた。

今回は、武蔵國の式内論社であることから参拝することに。参拝時は週末の午後、自分以外に参拝者は一人も見かけなかった。

今城青坂稲実池上神社の鳥居

境内南側の外、公道脇に立っている<社号標>。珍しい円柱形。

今城青坂稲実池上神社の鳥居

境内南端入口の<一の鳥居>。

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今城青坂稲実池上神社の基本情報

名称今城青坂稲実池上神社
読み方いまきあおさかいなみいけがみじんじゃ
通称忍保の稲荷様

詳細情報

ご祭神《合》豊受姫命,《主》気吹戸主命
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