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神社の左側 東武桐生線の線路沿い

生品神社について

約4000年前の縄文時代の祭祀遺構が残る、太古からの霊地

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くし
くし
2024年01月08日(月)1703投稿

薮塚温泉近くの生品神社。
最初に行った笠懸町阿左美の生品神社から、真南に約1kmほどのところにあります。 地名から中原生品神社と呼ぶらしい。
ここ数年前にも一度来たんですが、その時はガッツリ工事中で工事業者さんがいっぱいで入れなかった。

創建年代は不詳ですが、坂上田村麻呂も源義家も奥州遠征前の戦勝祈願に来たらしい
・・・まぁ田村麻呂も八幡太郎も、おまえら蝦夷と戦う前に何回戦勝祈願してんだよ!ビビりか?(´・д・)ってくらい、祈願伝承を伝える寺社は無数にあるので真偽についてはなんとも言えませんがw
神社周辺から遺跡が発掘されており、神社自体は少なくも平安時代、祭祀施設としては3~4千年前の縄文時代まで遡れるのではないかという、何気に相当な古社らしい!?Σ(*゚Д゚*)

一方、ジャパンスネークセンターとか三日月村とかB級スポットのある薮塚温泉近くのためか、この神社もかつてはB級色が強かったそうで、7~8年くらい前までは鳥居に近付くと水前寺清子の365歩のマーチが流れたり、ボタンを押すと雅楽が流れたり、変なギミックがいっぱい仕掛けられてたそうですw
好事家的にはむしろその頃に来たかったwww

意外に知られざるパワースポット的な良い神社でした☆
普段は無人社ですが、ご覧のように御朱印ありの貼り紙があり、どうも元日や祭礼日は受印できる様子。
桜の名所でもあるので春頃に何か祭りでもあれば、また狙って来てみたいですね♪

生品神社(群馬県)

一の鳥居
ん? 右に何か建屋が・・・

生品神社(群馬県)

ほぅ・・・

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写真

生品神社(群馬県)
すぐ横には東武桐生線が走ってます
生品神社(群馬県)
井戸の神様かな? 地元の工務店が奉納
生品神社(群馬県)
大黒・恵比寿と思われますがどちらも首がない・・・
生品神社(群馬県)
消えかかってますがかろうじて三峯神社と読めました この神社には坂上田村麻呂と源義家の伝承が伝わってるので、同じく陸奥遠征伝説のあるヤマトタケルの三峯社も重視されてるのかも
生品神社(群馬県)
北東角に一つだけ大きな摂社
生品神社(群馬県)
裏の方には結構な数の摂社末社が合祀されてる この地域の代表的な神社なのかもしれません
生品神社(群馬県)
お稲荷さんの祠となぜか地蔵菩薩が一体 稲荷を白滝姫、地蔵を庭師と見立てればロマンチックかもしれない 恋愛成就とかに御利益ありそうですな♥️
生品神社(群馬県)
桐生に織物を伝えたという白瀧姫の伝説に纏わるお稲荷さんでした 当時は庶民の庭師でも、藤原氏の高貴なお姫様の気を引けるくらいの和歌の教養があったってのが何気に凄いかも 幕末に日本を訪れた外国人が日本の識字率の高さにビビったそうですが、この頃から萌芽はあったのね☆
生品神社(群馬県)
白滝姫稲荷  伏見稲荷と系統が違うため正一位ではなく従四位とやや低い位階 平成になってから伊勢崎からここに遷座したらしい ちなみに案内板によると、伊勢崎時代は桑子家という一族が守ってたそうですが、御嶽山白龍神社の初代宮司も桑子姓だった・・・もしかして何か関係があるのか!?Σ(; ゚Д゚)
生品神社(群馬県)
右手に鳥居付きのお稲荷さんがあります
生品神社(群馬県)
本殿
生品神社(群馬県)
このような貼紙がありましたが、書き置き箱や宮司連絡先等はなし おそらく元日に神職か氏子衆が来ていた時は受印可だったと思われ
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生品神社の基本情報

名称生品神社
読み方いくしなじんじゃ
通称中原生品神社
トイレ簡易トイレあり
御朱印あり
限定御朱印なし

詳細情報

ご祭神《主》大己貴命
《脇》少名彦那命、八重事代主命
《境内社》白滝稲荷神社、しあわせ神社、三峯神社
創建時代不詳 
創始者不詳
文化財

生品神社敷石住居跡 (太田市指定重要文化財)

ご由緒

創建年代不詳 
坂上田村麻呂、八幡太郎義家が奥州遠征の戦勝祈願で参拝したとの伝承あり。

境内にある敷石住居は約四千年前のものであり、この神社を中心に、四千年から三千年程前の縄文時代の遺跡があり 集落があったことがわかっている。 このような古い時代の祭祀跡に生品神社が建てられたと考えられる。
この神社の由来は 平安時代(約千年前)の書物に「生階」神社の名があり 生品神社のことであると思われる。
祭神は 大穴牟遅神(大国様)という出雲神話に出てくる神であり 医薬 風の神である。
昭和六十年代の発掘調査により、この神社の南東部で現在の水田地下からは、たくさんの平安時代以降の住居跡が見つかっている。 このことからも集落の北西に生品神社を祀っていたと想像できる。
しかし、寛文十年頃(三一五年前)に岡上景能公による開田計画によって、集落が中原と台に別れたので、神社はそのままの位置で現在に至っている。
祭典は春秋二回行われている。

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