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楽しみ方甘縄神明神社(甘縄神明宮)のお参りの記録一覧
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GWにいざ鎌倉🚃 (大混雑覚悟…)
今回1番の目的地である長谷寺へ向かう途中、社標を見かけ、ちょっと気になったので立ち寄った甘縄神明神社。小さなお社ですが、静かで雰囲気の良い佇まい。小さな井戸の跡があるなぁ…と見ると、8代執権 北条時宗公の産湯の井戸?!
後で調べてみたところ、こちらは鎌倉最古の神社なのだとか。御祭神は天照大神。710年行基が草創したといわれています。前に海、後ろは山という長谷は、古くから鎌倉の要所だったのでしょうか?甘縄の「甘」は海女のこと、「縄」は漁をする時の縄の意味だろうという説もあるそうです。
芋洗うが如くの長谷寺の近くなのに、ほとんど観光客がいない静かな神社ですが、予想外に凄い歴史を内包していました…
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甘縄神明神社へ参拝🙏
祭神は天照大神。710年行基が草創し、豪族の染屋時忠が建立した、鎌倉で一番古い神社といわれており、長谷の鎮守です。このことから、前に海、後ろは山という長谷あたりが、鎌倉では早くから開けたところだと考えられます。甘縄の「甘」は海女のこと、「縄」は漁をする時の縄の意味だろうという説もあります。源頼義がこの神社に祈願をして、義家が生まれたと伝えられており、後に義家が社殿を修復し、頼朝も社殿を修理し荒垣や鳥居を建てたといわれており、源氏と関係の深い神社だったと考えられています。また、北条政子や源朝、実朝も参詣したと伝えられています。石段の下には、北条時宗が産湯につかったといわれる、「北条時宗公産湯の井」があります。社殿は石段を上った高台にあり、拝殿を背に由比ガ浜と長谷の町が一望できます。拝殿とその奥に本殿があり、拝殿の屋根は青銅で美しく、「かつお木」という鰹節のような木が5本あり、「千木」という交差して空に突き出た木がついています。境内には五社明神と、拝殿右の苔むした階段を上ると、秋葉社という社があります。境内にある大きなタブの木は「鎌倉と三浦半島古木・名木50選」に指定されています。近くには川端康成の邸宅があり、小説「山の音」に登場する神社として描かれていることでも知られています。9月初旬の例大祭は、神輿や山車が出て賑わい、縁日も開かれます。長谷の人々が大切に守り続けている行事です。
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23.03.30H 鎌倉「甘縄神明神社(甘縄神明宮)」 桜が咲く頃 _ 鎌倉市長谷

すべての写真は過去ページのいずれかと重複しますが、私的な参拝年月日記録。
’ 桜が咲く頃 ’ と書いてはみたものの、境内の ’ 玉縄桜 ’ は既に散ってしまっていた・・・
・・・前回に長谷界隈を周った際に
「玉縄桜とソメイヨシノが同時に観られる頃合いに参拝しようゾ」と思ったが、遅かった。
01) 鎌倉最古の神社 ※「甘縄神明神社(甘縄神明宮)」 _ 鎌倉市長谷
和銅三年(710年) 染谷太郎太夫時忠(染谷時忠)創建
山上に神明宮、麓に 神輿山円徳寺 を建立し後に寺号を甘縄院へ。
( cf. 染谷太郎太夫時忠邸跡 史跡碑
https://mitch1.blog.ss-blog.jp/2018-05-29-1)
源頼義公が当社に祈願して 八幡太郎義家を当地に生み、
康平六年(1063)には当社を修復。
永保元年(1081)には八幡太郎義家公が当社を修復。
源頼朝公が崇敬し、文治三年(1186)十月 社殿を修理。
頼朝公、政子、実朝公が参詣。
源頼朝側近 ” 安達盛長邸阯 ” 石碑あり(ただし、別の場所だったとの説あり)。
明治維新の神仏分離により、別当甘縄院は廃絶。
<※注:昭和7年に「甘縄神明神社」と改称された。
神奈川県神社庁Webサイトでは改称経緯が書かれているが、神社庁でのタイトル表示は
定着した通称 ” 甘縄神明宮 ” で流通している地図や紹介記事でも通称 ” 甘縄神明宮 ” が多い。
( cf. 念のため、向かって鳥居左方直近は 元川端康成邸_現在も個人宅なので立入り不可)
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02) 石碑、源頼朝側近 ” 安達盛長邸阯 ” (ただし、別の場所だったとの説あり)
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