あまなわしんめいじんじゃ(あまなわしんめいぐう)
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方甘縄神明神社(甘縄神明宮)のお参りの記録一覧
絞り込み

甘縄神明神社へ参拝🙏
祭神は天照大神。710年行基が草創し、豪族の染屋時忠が建立した、鎌倉で一番古い神社といわれており、長谷の鎮守です。このことから、前に海、後ろは山という長谷あたりが、鎌倉では早くから開けたところだと考えられます。甘縄の「甘」は海女のこと、「縄」は漁をする時の縄の意味だろうという説もあります。源頼義がこの神社に祈願をして、義家が生まれたと伝えられており、後に義家が社殿を修復し、頼朝も社殿を修理し荒垣や鳥居を建てたといわれており、源氏と関係の深い神社だったと考えられています。また、北条政子や源朝、実朝も参詣したと伝えられています。石段の下には、北条時宗が産湯につかったといわれる、「北条時宗公産湯の井」があります。社殿は石段を上った高台にあり、拝殿を背に由比ガ浜と長谷の町が一望できます。拝殿とその奥に本殿があり、拝殿の屋根は青銅で美しく、「かつお木」という鰹節のような木が5本あり、「千木」という交差して空に突き出た木がついています。境内には五社明神と、拝殿右の苔むした階段を上ると、秋葉社という社があります。境内にある大きなタブの木は「鎌倉と三浦半島古木・名木50選」に指定されています。近くには川端康成の邸宅があり、小説「山の音」に登場する神社として描かれていることでも知られています。9月初旬の例大祭は、神輿や山車が出て賑わい、縁日も開かれます。長谷の人々が大切に守り続けている行事です。
もっと読む





23.03.30H 鎌倉「甘縄神明神社(甘縄神明宮)」 桜が咲く頃 _ 鎌倉市長谷

すべての写真は過去ページのいずれかと重複しますが、私的な参拝年月日記録。
’ 桜が咲く頃 ’ と書いてはみたものの、境内の ’ 玉縄桜 ’ は既に散ってしまっていた・・・
・・・前回に長谷界隈を周った際に
「玉縄桜とソメイヨシノが同時に観られる頃合いに参拝しようゾ」と思ったが、遅かった。
01) 鎌倉最古の神社 ※「甘縄神明神社(甘縄神明宮)」 _ 鎌倉市長谷
和銅三年(710年) 染谷太郎太夫時忠(染谷時忠)創建
山上に神明宮、麓に 神輿山円徳寺 を建立し後に寺号を甘縄院へ。
( cf. 染谷太郎太夫時忠邸跡 史跡碑
https://mitch1.blog.ss-blog.jp/2018-05-29-1)
源頼義公が当社に祈願して 八幡太郎義家を当地に生み、
康平六年(1063)には当社を修復。
永保元年(1081)には八幡太郎義家公が当社を修復。
源頼朝公が崇敬し、文治三年(1186)十月 社殿を修理。
頼朝公、政子、実朝公が参詣。
源頼朝側近 ” 安達盛長邸阯 ” 石碑あり(ただし、別の場所だったとの説あり)。
明治維新の神仏分離により、別当甘縄院は廃絶。
<※注:昭和7年に「甘縄神明神社」と改称された。
神奈川県神社庁Webサイトでは改称経緯が書かれているが、神社庁でのタイトル表示は
定着した通称 ” 甘縄神明宮 ” で流通している地図や紹介記事でも通称 ” 甘縄神明宮 ” が多い。
( cf. 念のため、向かって鳥居左方直近は 元川端康成邸_現在も個人宅なので立入り不可)
.
-------

02) 石碑、源頼朝側近 ” 安達盛長邸阯 ” (ただし、別の場所だったとの説あり)
.
---



鎌倉寺社巡り11か所目
常栄寺さんのあと、鎌倉駅に行き、そこからバスでこちらへ。
連休中のため、バスは混んでいましたが、ここで降りたのは私だけで、ほかの方は長谷寺、鎌倉大仏へむかわれるのでしょうか。
バス通りまでは人が多かったですが、わき道に入ったら、静かな住宅街。
こちらかな?と歩いていましたら鳥居が。
入って進むと、階段が。
そちらをのぼると本殿が。
人気はないですが、とてもきれいで、ちゃんとお手入れがされているようです。
(私がいる間にお参りに来られた方がいました)
さらに階段を上ると秋葉神社がありましたが、ちょっと足がしんどかったため(骨折のリハビリ中)、今回は登りませんでした。
境内から眼下に町と海が見え、しばし疲れをいやすことができました。
御朱印はここに来る前にお参りした八雲神社でいただきました(このあと伺うとお話ししたら書いていただけました)。
もっと読む
22.03.16 鎌倉「甘(甘縄神明神社縄神明宮)」玉縄桜が満開の頃 _ 鎌倉市長谷
和銅三年(710年) 染谷太郎太夫時忠(染谷時忠)創建
山上に神明宮、麓に 神輿山円徳寺 を建立し後に寺号を甘縄院へ。
( cf. 染谷太郎太夫時忠邸跡 史跡碑 )
源頼義公が当社に祈願して 八幡太郎義家を当地に生み、
康平六年(1063)には当社を修復。
永保元年(1081)には八幡太郎義家公が当社を修復。
源頼朝公が崇敬し、文治三年(1186)十月 社殿を修理。
頼朝公、政子、実朝公が参詣。
源頼朝側近 ” 安達盛長邸阯 ” 石碑あり(ただし、別の場所だったとの説あり)。
明治維新の神仏分離により、別当甘縄院は廃絶。

( このページは過去のページと代わり映えしない重複写真のページ。
前年21.03.01のホトカミページが少しはマシ。
https://hotokami.jp/area/kanagawa/Hkyty/Hkytytm/Dazgp/81178/137915/ )
01)鎌倉最古の神社 ※「甘縄神明神社(甘縄神明宮)」’ 玉縄桜 ’ が咲く頃
鳥居を潜った参道から、数段の階段を上って直ぐの境内。 _ 鎌倉市長谷
.
-----

02-1) 写真01)の手水舎左方奥、’ 萬葉集歌碑 ’ と 玉縄桜。
.
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ




























































