あんらくじ|曹洞宗|永峰山
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日間賀島寺社巡り③ 次は日間賀島を代表すると言ってもいいお寺、安楽寺です。戦国時代の明応3年(1494年)に、九州筑前の別山月伝という僧侶が背負ってきた聖観音像(観音様)を本尊として創建されました。
東港から内陸部に入ったところにありますが、路地がこのように迷路みたいになっていて探すのに手間取りました🥵
タコのマンホールは至る所にありました。
ようやく発見しました。
安楽寺の山門です。
有難いお言葉。
由来です。最初は天台宗でしたが途中から曹洞宗に変わりました。タコ阿弥陀如来は後で出てきます。
タコ供養もあります。
山門をくぐります。
本堂です。南国ではないですが、ソテツの木が結構あちこちにあります。
鐘楼です。
本堂の左手前にお堂がありました。
内部です。中央の金ピカの仏像が目立ちます。
「章魚(たこ)阿弥陀如来」と呼ばれています。その昔日間賀島と佐久島の間に島がありました。この仏像はその島の筑前寺に祀られていました。大地震により島とともに沈んだ仏像が漁師の網にかかって引き揚げられました。そのとき1匹の大ダコが仏像を守るかのように抱きかかえていたのでこのように呼ばれています。
芸能人の色紙が飾ってありました。
こちらは縁結びのご利益があります。タコの絵馬に願い事を書けば願いが叶うでしょう。
次は本堂です。戸が閉まっていますが、開けてお参りすればいいと学習しました。
本堂の内部です。どこもオープンな感じで、気持ち良く撮影できました。
御朱印は庫裏でいただけそうです。
3種類ありましたが、真ん中の御本尊様の御朱印にしました。
住職様に美しい字で書いていただきました。
1494年、九州・筑前国の別山月伝和尚が東国に向かう途中、日間賀島に立ち寄って寺院を創建しました。
持参した聖観音像を本尊とし、前住地から安楽寺と名づけました。
本堂の手前にある堂には金色に輝く「たこ阿弥陀」が祀られています。
かつて大地震が起こり、日間賀島と佐久島の中間にある大磯の寺に祀られていた阿弥陀如来が三河湾に沈んだが、漁師によって引き揚げられた時には1匹の大ダコが阿弥陀如来を守るように抱きついていました。
それ以来、日間賀島の住民は阿弥陀如来を「たこ阿弥陀」として祀り、安楽寺そのものが「たこ阿弥陀」と呼ばれるようになりました。
不在でしたが、玄関が開いていましたのでセルフで押しました。
名称 | 安楽寺 |
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読み方 | あんらくじ |
通称 | たこ阿弥陀 |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | なし |
電話番号 | 0569-68-2172 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
絵馬 | あり |
詳細情報
ご本尊 | 聖観世音菩薩 阿弥陀如来 |
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山号 | 永峰山 |
宗旨・宗派 | 曹洞宗 |
創建時代 | 明応3年(1494) |
開山・開基 | 別山月伝和尚 |
体験 | おみくじ絵馬御朱印札所・七福神巡り |
Wikipediaからの引用
概要 | 安楽寺(あんらくじ)は、愛知県知多郡南知多町大字日間賀島字里中48にある曹洞宗の寺院。山号は永峰山。本尊は阿弥陀如来。たこ阿弥陀(たこあみだ)という別名で知られる。 |
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歴史 | 歴史[編集] 山門 明応3年(1494年)、九州・筑前国の別山月伝和尚が東国に向かう途中、日間賀島に立ち寄って寺院を創建した[1]。持参した聖観音像を本尊とし、前住地から安楽寺と名づけた[1]。 江戸時代初期の慶安元年(1648年)、遠江国引佐郡三ヶ日の金剛寺の6世心翁秀傳大和尚が曹洞宗に改宗した[1]。 ^ a b c 安楽寺 由緒書 |
引用元情報 | 「安楽寺 (愛知県南知多町)」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%AE%89%E6%A5%BD%E5%AF%BA%20%28%E6%84%9B%E7%9F%A5%E7%9C%8C%E5%8D%97%E7%9F%A5%E5%A4%9A%E7%94%BA%29&oldid=102069187 |
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