ほうこうじ|臨済宗方広寺派
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応安4年(1371年)、元(中国)から帰国した無文元選禅師が土地の豪族・奥山六郎次郎朝藤(おくやまろくろうじろうともふじ)の招きにより開いたのが始まり。
境内各所に安置される五百羅漢の石像は、拙巌(せつがん)和尚の発願で、明和7年(1770年)に完成したものですが、今も寄進を受け付けています。
ちなみに、鎌倉・建長寺の最奥に位置する半僧坊は、明治23年に、奥山半僧坊から勧請したもの。半僧坊大権現は、神通力を有する白髪の老人だったとか(奥山半僧坊大権現の御真体は鼻高天狗)。
明治、大正時代に奥山半僧坊の人気は大いに高まり、大正12年には浜松から奥山に至る参詣のための軽便鉄道(開業当時は濱松軽便鉄道、後に遠州鉄道奥山線)も開通したほど(昭和39年廃止)。
その奥山半僧坊のご真体は15年に一度開帳され、前回が平成25年でした。
方広寺では、日帰り禅寺体験、1泊禅寺体験、精進料理、座禅体験、写経体験なども実施。
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方廣寺(ほうこうじ)は、静岡県浜松市北区引佐町奥山にある臨済宗方広寺派の大本山の寺院。山号は深奥山(じんのうざん)。正式名称は「深奥山方廣萬寿禅寺」。本尊は釈迦如来。七尊菩薩堂、木造釈迦如来及び両脇侍像が国指定の重要文化財。
創建は南北朝時代の1371年、遠江國の豪族・井伊家一族の奥山六郎次郎朝藤が、後醍醐天皇の11番目の皇子であった無文元選を開山に向かえ創建。無文元選は博多聖福寺の後、中国の元に渡って福州大覚寺で古梅正友に参じて嗣法し、帰国後三河の広沢庵にいた時に奥山朝藤に招かれた。当寺の景観が中国天台山方広寺を彷彿させたので現名称を付けた。その後、幾度も火災に遭い寺勢は衰退したが、1568年に徳川家康が訪れその後復興に力を注いだ。1587年には豊臣秀吉が朱印地50石と境内山林を寄進し勅願所とした。江戸時代の1786年には、光格天皇から開山の無文元選に対して「大慈普応禅師」の号が下賜された。明治時代に入り、政府の廃仏毀釈により寺領が削減され経済基盤を失ったが、鎮守である半僧坊の復元と臨済宗南禅寺派からの独立により建て直した。
当寺は、天竜浜名湖鉄道・気賀駅の北西6km、道のり8kmあまりの山あいにある。県道68号線(浜北三ヶ日線)脇の門前町を少し入ると仁王門があって、そこから参詣道の山道を数百m進み、高さを数十m上がると境内地に辿り着く。巨大な本堂を中心に伽藍は壮大。とても山寺とは思えない規模。一通り見て廻るだけでもたっぷり時間がかかる。
今回は、臨済宗の大本山であることから参拝することに。参拝時は平日の午前中で、自分以外にも数組参拝客を見掛けた。
※当寺は、自分が日本各地の古寺巡りをするにあたって、参拝寺院決定のバイブルとして使っている本『日本の古寺100選 国宝巡りガイド』(日本神仏リサーチ・宝島社新書)に臨済宗の古寺として掲載されている。
※龍潭寺と方廣寺の共通拝観券があって、別々に購入すると500円×2=1,000円のところ、割引が効いて850円。自分はもともと両方拝観する予定だったので、龍潭寺にて共通拝観券を購入した。お得な感じで嬉しい。
※当寺は日帰り体験型の坐禅、写経ができるほか、精進料理をいただくこともでき、宿坊を備えているため宿泊研修もできる。
もっと読む方廣寺の情報
| 住所 | 静岡県浜松市浜名区引佐町奥山1577-1 |
|---|---|
| 行き方 |
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方廣寺の基本情報
| 名称 | 方廣寺 |
|---|---|
| 読み方 | ほうこうじ |
| 通称 | 方広寺 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 053-543-0003 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://www.houkouji.or.jp/ |
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