だいりゅうじ だいりょうじ|臨済宗妙心寺派|金栗山
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岐阜県岐阜市北部にある、金粟山 大龍寺(こんぞくさん だいりゅうじ)。別名「だるま寺」。高さ約5メートルの達磨大使坐像が本堂の前に安置されており、あまりの迫力に毎回しばらく見入ってしまいます。何度でも参拝にうかがいたくなるお寺です。「ドウダンツツジ寺」としても有名なお寺。3度目の参拝にて、書置きのだるまの御朱印をいただきました(300円)。御朱印は3種類ありました。だるまの御朱印に書く文字は「心願成就」「家内安全」「交通安全」から選べます。大龍寺オリジナルの御朱印帳を多種類販売なさっています(1800円、2300円)。龍が描かれた御朱印帳が多数ありました。とても素敵だったので、許可を得て写真を撮らせていただきました。駐車場は約100台分あります。1月12日〜18日の間の日曜日の「だるま供養」と、8月18日の「灯篭まつり」の日は駐車場利用不可です。
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美濃西国三十三観音霊場 14番目の参拝は 第11番札所 金粟山大龍寺にお参りしました。
腹帯子安観世音菩薩を本尊とする臨済宗妙心寺派の寺院です。
本堂の裏側の山はドウダンツツジで白、その間にピンクのミツバツツジがとても可愛く咲いていました
見ごたえバッチリ お昼頃に降っていた雨も止み青空に映えて、今ならではの風景です。
御本尊の腹帯子安観世音菩薩は、お腹に腹帯びをゆるりと巻いていて 何か不思議な感じがしましたが、優しいお顔をされ微笑ましい観世音菩薩さまは子授け、安産、子育てなどの祈願に多くの人が参拝されています。
歴史は、約1300年前、持統天皇んp御代に鎮護国家のために堂宇が建てられたのが始まりと伝えられています。
腹帯子安観世音菩薩は安元元年(1175)に、後白河天皇が胎児安泰の勅願所として安置された霊尊です。
室町時代の明応年中、美濃国守護土岐氏が真言宗であったものを臨済宗に改めんして、再興されました。

美濃新四国八十八ヶ所霊場巡りの7寺目は、岐阜県岐阜市粟野に在る金粟山 大龍寺です。
今回の寺院巡りの最後になります。
(余談ですが、1寺目→7寺目までで12km走行、寺院間の平均距離は2kmという近さです。)
臨済宗妙心寺派で、本尊は腹帯子安観音。
美濃新四国八十八ヶ所霊場 第63番札所。
2021年3月に訪れていますので3年半ちょっと振りの2回目。(前回分は投稿済みですので宜しかったら見てやって下さい。)
前回は美濃西国三十三観音霊場で参拝しました。
持統天皇の時代に鎮護国家のために開かれたと伝わる。本尊の腹帯子安観音は、1175年に後白河法皇により胎児安泰の勅願所として安置された。大いに盛えたがやがて荒廃し廃寺同然に。その頃(1500年頃)に全国遍歴の途にあった瑞翁宗縉禅師が寺の荒廃ぶりを嘆き、真言宗から臨済宗に改め復興したとの事です。
広い舗装された駐車場がありますので停めさせて頂きました。境内に上がる2つの石段がありますが、山門のある奥の石段から。山門をくぐると庫裏と本堂があり、本堂手前に高さ約5mのデカい達磨大師。くぐった直ぐ左に小さな弘法堂、四国八十八で訪れているのに見落とす所でした。
本堂前に手水で、最近では珍しい手動ポンプで水を汲み出します。本堂に入ると中央に本尊・腹帯子安観音と手前に小像の四天王。金箔を貼り直したのか金ピカで、平安時代末期の仏像とは思えず、室町時代か江戸時代の仏像に見えました。
本堂を出て鐘楼の前を抜けると事務所がありましたので御朱印を頂きました。
その奥には近年建立の達磨大師堂と地藏堂です。
「だるま観音」として知られる寺で毎年1月にだるま供養が行われる他、ドウダンツツジの名所として有名で春と秋に庭の特別公開が行われます。丁度、訪れた時に特別公開中でしたが、余り時間が無かったのと紅葉の見頃を過ぎている感じがしましたので今回は見送りました。
今回は3~4ヶ寺巡る積りが、7ヶ寺も巡って結構時間を費やしてしまったので、取り急ぎ友人宅へ向かいました。一度は庭の特別公開を観てみたいですね。
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岐阜市にある大龍寺にお参りしました 岐阜市の北部で山県市と隣接しています。
美濃新四国 63番札所、美濃三十三観音霊場 11番札所で、御本尊は子安観音 臨済宗妙心寺派の寺院です。
達磨観音として知られ、念願叶って両目を入れ奉納された達磨を供養する「達磨供養」が毎年1月にあります。
また、庭園や、周囲の山には約1200本のドウダンツツジが植えられ、4月の開花時は白い花が咲き、11月には紅葉を楽しむことができ、その時期には庭園の拝観ができます。
歴史は古く、飛鳥時代の持統天皇の時代に国家鎮静の寺として創建されたと伝わり、平安時代に真言宗に改宗され、その後、臨済宗に改宗し、達磨大師を安置。永禄年間(1551年~1570年)別伝の乱の折、多くの禅家と争うが敗北し、本山妙心寺が除籍され一時廃れたが、天正年間(1573年~1592年)に再興されました。

「美濃新四国」第63番札所です。
以前、「美濃三十三所」で訪れました。
飛鳥時代の持統天皇の時代、国家鎮守の寺として創建されたと伝えられています。
1175年、後白河法皇が腹帯子安観世音菩薩を安置し、本尊としました。
明応年間(1492年 - 1501年)、土岐氏の強い要望により、瑞翁和尚が招かれました。
1502年、達磨大師を安置しました。
永禄年間(1558年 - 1570年)、別伝の乱の折、大龍寺の五世龍谷は斎藤義龍に加担し、快川和尚をはじめとする多くの禅家と争うが敗北し、本山妙心寺から除籍されます。
その為一時廃れましたが、天正年間(1573年 - 1592年)、再興されました。





美濃西国三十三観音霊場 第15番の次は第11番の金粟山 大龍寺です。
岐阜市の最北端(市境)に在る臨済宗妙心寺派の寺院で、本尊は腹帯子安観音菩薩です。
伝えによると創建は690年前後の持統天皇の時代、後の1175年に後白河法皇が腹帯子安観音菩薩を安置し本尊としたとの事です。そして1502年に真言宗から臨済宗に改宗し現在に至ります。
山門をくぐるとドンと達磨大師坐像が目に入ります。平成8年に開眼、高さ5mあります。
右手に庫裡、左手に本堂です。本堂には本尊が祀られており、毎年8月18日,19日に行われる灯篭まつりの時に開帳されます。
本堂の左側には達磨堂、その左側には地蔵堂がありますが、昭和後半以降の建立です。境内の建物は皆新しいため綺麗です。
また、境内の裏手に約1000本のドウダンツツジが植えられている庭園があり、春と秋に有料公開しています。
本堂左側の寺務所で納経帳に朱印を押印して戴きました。
尚、100台位停めれる駐車場があります。
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