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そうじいん|高野山真言宗海老山

総持院のお参りの記録一覧
神奈川県 厚木駅

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きどっち
きどっち
2026年02月17日(火)1544投稿

高野山真言宗 海老山(かいろうさん) 満蔵寺 總持院

御本尊:虚空蔵菩薩
開創:天平勝宝6年(754年)
開基:藤原廣政
開山:弘吽大徳

神仏分離前まで海老名総鎮守である有鹿神社の別当寺だった総持院さんにお参りさせていただきました。

山門をくぐって中に入るとなんとなく居心地が良いお寺だな・・・という印象を受けました。
朝早い時間でもあったので、寺務所のほうにお声をかけるべきかどうしようかと悩みつつ、もう少し後にしようと一旦100mほど北に鎮座する有鹿神社へ。
有鹿神社にてしばらくゆったりとしたあと、再び総持院さんに戻りインターホンを押すと奥様でしょうか、応答していただき御朱印をお願いすると快くご対応くださいました。

毎月21日には写経会も行われているようで、近ければ毎月お参りさせていただきたいと思うくらいなのですが、さすがに関西に住んでいる私には難しいですね😅

<縁起>~総持院HPより~
總持院は 天平勝宝6(754)年に海老名の郷司藤原廣政が有鹿明神の霊夢により虚空蔵菩薩を本尊として創建したと伝わっています。 周囲に濠を巡らせた大伽藍で12の坊舎が甍を並べ棟を競っていたため近年まで付近一帯(現河原口三丁目辺り)は「坊中」と字で呼ばれていました。 また明治元年の神仏分離までは有鹿神社の別当寺でありました。

元弘の乱(1331)に鎌倉を攻略した新田義貞の兵火によりそれらの坊舎も尽く焼失し、また永享の乱(1438)では足利持氏がこの地を本陣としたために再び大兵火の及ぶところとなりました。
しかし天正年間(1570年代)に慶雄大徳により9間四面の大本堂や6間四面の大庫裏などが復興され小田原北条長氏・氏康らの庇護を受けます。 その後豊臣秀吉に小田原北条氏が滅ぼされるや代わりに関東に入国した徳川家康により天正19(1591)年には早くも寺領10石の御朱印の寄進を受けています。

江戸時代には幕府より「不入」「葵の紋所」を許され、高座・愛甲・大住の3郡に末寺19ヶ寺を有し中本寺・法談所・古義真言宗関東壇林本寺(真言密教の教学中心寺院)として隆盛を極めていました。

明治初年、廃寺になった隣接の末寺「宝樹寺」(現海老名源八尊霊堂の辺り)を併合しました。 然しながら明治維新の神仏分離・廃仏毀釈の嵐の中で数多の貴重な寺宝も失われ、更には関東大震災(1923)では江戸期の大本堂・大庫裏などの建物もほとんど倒壊し現存するのは山門のみとなりましたその時に廃材を利用して建立された旧本堂も役目を終え平成6(1994)年には新本堂が建立され現在に至ります。

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