ぶつにちあん|臨済宗
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神奈川県 鎌倉市 山ノ内に境内を構える、円覚寺 山内 佛日庵(円覚寺 塔頭)円覚寺(えんがくじ)正式名称は 瑞鹿山 円覚興聖禅寺(ずいろくさん えんがくこうしょうぜんじ )当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、2024 東国花の寺巡礼、鎌倉三十三ヶ所観音霊場にて何度か参拝致しました、臨済宗 円覚寺派の大本山、鎌倉五山 第二位の大きな寺院、広い境内、総門、国宝、歴史的建築物の数々は見所満載の寺院、四季の移り変わりの景観も良く紅葉時期は一見の価値在りです、対応も(紅葉時期は混み合います) 丁寧で専用の受け付けが在りスムーズです、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 瑞鹿山、寺号ほ 円覚興聖禅寺、宗旨 宗派は 臨済宗 円覚寺派、寺格は 大本山、ご本尊は 宝冠釈迦如来、東国花の寺 百ヶ寺 鎌倉 第十一番札所 梅、鎌倉三十三ヶ所観音霊場 第三十三番札所、佛日庵(円覚寺 塔頭)結願寺院、鎌倉地蔵尊霊場 第十四番札所、佛日庵は、時宗公の墓所である開基廟をお守りしている二十五 円覚寺の塔頭寺院です。 もともとは時宗公が禅の修行をした小さな庵があったと言われています。 時宗公の死後、開基廟が作られ、その後室町時代に、北条氏の末裔を称した戦国大名・後北条氏の庇護を受けた鶴隠周音(かくいんしゅういん)禅師により塔頭として整えられ、現在に至ります。
鎌倉時代の弘安5年(1282年)に鎌倉幕府執権・北条時宗が元寇の戦没者追悼のため中国僧の無学祖元を招いて創建した。北条得宗の祈祷寺となるなど、鎌倉時代を通じて北条氏に保護された。
JR北鎌倉駅 の駅前に 円覚寺の 総門がある。境内には現在も禅僧が修行をしている道場があり、毎週土曜日・日曜日には、一般の人も参加できる土日坐禅会が実施されている。かつて夏目漱石や島崎藤村、三木清もここに参禅したことが知られる。神奈川県の歴史的風土特別保存地区に指定されている、鎌倉幕府8代執権北条時宗(1251年 - 1284年)は、仏法興隆とともに、元(蒙古)軍の襲来した文永、弘安の役の両軍戦没者の菩提を弔うため、円覚寺創建を発願した、寺は弘安4年(1281年)から建立が始められ、翌弘安5年(1282年)に無学祖元(仏光国師)を開山(初代住持)に迎えて開堂供養が行われた。時宗は当時鎌倉にいた中国出身の高僧蘭渓道隆(建長寺初代住職)を師として禅の修行に励んでいたが、その蘭渓が弘安元年(1278年)7月に没してしまったため、時宗は代わりとなる高僧を捜すべく、建長寺の僧2名を宋に派遣した。これに応じて弘安2年(1279年)に来日したのが無学祖元である。鎌倉にはすでに時宗の父・北条時頼が創建した禅寺の建長寺が存在していたが、官寺的性格の強い同寺に対し、当初の 円覚寺は 北条氏の私寺であった、また、円覚寺の創建については、中国に帰国しようとしていた無学祖元を引き止めようとしたという事情もあったと言われる

24.06.07。臨済宗円覚寺派の大本山円覚寺の塔頭寺院。
境内には円覚寺の開基・北条時宗のご廟所(墓所)が中心的な建物としてあります。廟内には鎌倉幕府八代執権・北条時宗公、その子で九代執権・貞時公、孫の十四代執権・高時公をお祀りしております。又十一面観音坐像も安置されています。佛日庵の本堂は隣接してあり、本尊は延命地蔵菩薩坐像です。
札所 鎌倉三十三観音霊場
第三十三番
鎌倉二十四地蔵尊霊場
第十四番
円覚寺百観音霊場
第四番
本日は鎌倉三十三観音霊場巡りの結願。(二十四番札所の寿福寺のみ御朱印未拝受ですが)。円覚寺の塔頭寺院ではこちらを訪ねる人が一番多いようです。抹茶を飲めるのが人気のようです。紫陽花も見頃で良き参詣となりました。
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