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てんちあん (くぼやまえんがくじ)|臨済宗円覚寺派

天池庵(久保山 円覚寺)のお参りの記録一覧
神奈川県 南太田駅

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てえすけ
てえすけ
2026年03月15日(日)1670投稿

横浜市西区、久保山墓地に隣接する寺町に佇む、曹洞宗の古刹、久保山 圓覺寺を訪れました。
一歩境内へ入ると、高台ならではの澄んだ空気が流れ、眼下には横浜を象徴するみなとみらい地区が一望できる素晴らしいパノラマが広がっていました。近代的なビル群と歴史ある寺町のコントラストは、この場所ならではの格別の美しさです。
参拝当日は法事の準備の真っ最中というお忙しい時間帯でしたが、大変温かく迎えてくださり、御朱印が書き上がるまでの間、応接間へと通していただきました。静かな室内でゆったりと心を落ち着かせることができ、お寺の方々の細やかなお心遣いに深く感謝するひとときとなりました。
拝受した御朱印には、中央に本尊である「寶冠釋迦如来(宝冠釈迦如来)」の文字が、非常に力強く、かつ端正な筆致で堂々と記されています。背景には、ひし形の精緻な朱印が鮮やかに押され、左下には山号と寺号を記した「久保山 圓覺寺」の角印がしっかりと刻まれていました。横浜の街を見守る慈悲深いお釈迦様とのご縁を感じさせる、素晴らしい参拝の証となりました。
高台からの絶景と、温かなおもてなし、そして凛とした墨跡に触れ、春の柔らかな日差しの中で心が清められるような充実した参拝となりました。

天池庵(久保山 円覚寺)の御朱印
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かおり
かおり
2022年10月03日(月)1878投稿

京急線南太田駅、或いは黄金町駅から急な坂を上ると迎えてくれる。それが、横浜市にある円覚寺だ。
明治の開港と共に人口が増えてきた横浜。
そこで鎌倉にある円覚寺がこちらに出張所として明治18年に建てられたのが始まりだとか。
さてさて・・・
円覚寺の境内には、伏見稲荷というお社がある。

確か、明治時代に、明治政府は「神仏分離」を打ち出したはずだ。
ということで、私は、この寺院は江戸時代以前のものだろうと思っていた。

今回、対応してくださったのは、実家が栃木県の臨済宗の寺院だという若い修行僧であった。まだまだ実家の僧侶(父親)が元気であるため、横浜にて修行中と。

猫の本名も教えてくれたり、横浜円覚寺の歴史も教えてくれ、感謝。

確かに!明治政府は「神仏分離」令を出した。
寺の力が強くならないように、かもしれない。
かつての比叡山延暦寺では、僧たちが武装して「僧兵」とまで呼ばれるほどの武力を身につけていた。平安時代、鎌倉時代の天皇、上皇でさえ手に負えないほどであったのだ。
そう考えると、織田信長の比叡山焼き討ち事件も権力者になりたいならば。。。などと考えていくと、違った見方が出来る。

明治政府に従い、「神仏分離」した所もあるが、やはり「神仏習合」のまま!それを貫いた所も多かったようだ。
何故なら、檀家、氏子と呼ばれる、近所の民がそれを求めたから。

私は、そんな話を聴きながら、本来、寺社仏閣とは、有名どころを求めるのではなく、近所の氏子、檀家となっている小さい寺社仏閣を大切にお詣りするものではないか、と思うのだった。

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