にちれんしゅう じょううんじ|日蓮宗|法要山
日蓮宗 浄運寺公式東京都 町田駅
開門 午前7時
閉門 午後5時
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楽しみ方
酉の市は近場のお寺さんを参拝。
酉の市とともに北辰妙見菩薩様のご開帳があります
町田の繁華街の中にあります。
去年は本場浅草の鷲神社参拝したけど境内に入るだけで1時間行列に並び、参道の熱気と帰りの夜風の冷たさの気温差激しく風邪ひいたので今回は近場で済ませました。
19時過ぎ 参道の屋台は片付けだしてましたが授与所はまだ開いててお守り、御首題、熊手を頒布していました。
屋台の狐面
最近はお祭りでよく見かけるデザイン
梵鐘周辺
お寺の例祭でもあるため提灯がぶら下がってます。
写真見返してこの日は本堂も開いてたことに気付きました。
熊手屋さん 3件お店開いてました。
妙見堂
お参りすると堂内の世話人さんが鐘を鳴らしてくれました。厨子の中に北辰妙見菩薩様がいました。
御首題を入れてある袋にも熊手が描かれてます。
酉の市限定の御首題(書き置き)
金文字で書かれています。左上には熊手の印、お題目の後ろには酉の漢字が書かれてます。

浄運寺(じょううんじ)は、東京都町田市原町田にある日蓮宗の寺院で、山号は法要山。原町田七福神の毘沙門天を祀ります。旧本山は身延久遠寺で、通師は堀之内法縁。境内には、大須賀明(医師)や長岡織部(剣術師範)の墓、武藤塚(野盗塚)があります。
● 歴史
浄運寺は、天正5年(1577年)に日明を開山とし、矢部淡路(法善院日証)を開基として草庵が建立されました。寛永14年(1637年)、武藤佐次右衛門(浄運院日徳)とその母(法用院日運)が寺を正式に創建しました。寺号の「浄運」は日徳の法号に由来し、山号は当初「法用山」でしたが、後に「法要山」と改められました。
● 境内の施設
本堂は明治9年(1876年)に焼失し、昭和3年(1928年)に再建。鐘楼の梵鐘は貞享年間(1684~1687年)に鋳造されましたが、昭和18年(1943年)に供出され、昭和30年(1955年)に再鋳されました。昭和41年(1966年)には、妙見菩薩と清正公を合祀する妙見堂が建立されました。
● 墓地と歴史的背景
境内には、原町田村の名主・武藤氏の墓が並び、典型的な名主墓地となっています。また、明治25年(1892年)に三多摩壮士の襲撃で亡くなった大蔵村の医師・大須賀明の墓があり、明治初期の地方政争の歴史を今に伝えています。
祖父母のお墓参りに来ました。
見事な桜です。












| 名称 | 日蓮宗 浄運寺 |
|---|---|
| 読み方 | にちれんしゅう じょううんじ |
| 通称 | 法要山 |
| 参拝時間 | 開門 午前7時
|
| 参拝にかかる時間 | 5分 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | あり |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | なし |
| 電話番号 | 042-722-3160 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| お守り | あり |
| SNS |
| ご本尊 | 大曼荼羅御本尊
三宝尊 日蓮大聖人 鬼子母神 大黒天 妙見尊大菩薩等 |
|---|---|
| 山号 | 法要山 |
| 宗旨・宗派 | 日蓮宗 |
| 創建時代 | 1577年(天正5年) |
| 開山・開基 | 本正院日明上人 |
| 文化財 | 塩澤工芸作 組子障子 |
| ご由緒 | 日蓮宗総本山久遠寺(山梨県身延町)の末寺、堀之内妙法寺(杉並区)に縁を持つ寺で、矢部淡路殿の屋敷跡に、天正5年(1577年)7月、碑文谷法華寺より本正院日明上人を迎え開山、矢部淡路殿を開基とする。 |
| ご利益 | 金運商売繁盛病気平癒安産祈願・子宝厄除け交通安全家内安全 |
| 体験 | 写経・写仏祈祷おみくじお祓い御朱印お守り祭り花の名所除夜の鐘花手水 |
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