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こんぞうじ|真言宗豊山派御瀧山

金蔵寺
千葉県 滝不動駅

御朱印について御朱印
あり
限定
あり
御朱印帳にお書き入れ
あり
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
あり

あり

その他の巡礼の情報

吉橋大師八十八ヶ所霊場 第五十八番

金蔵寺について

御朱印は15時まで。平日より土日の方が手に入りやすかと。
2018.08.25の時点で初穂料は300円か500円です。
でも600円でも受け取った頂けます。
小銭がない場合は近くに自販機も。

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malice
malice
2024年09月29日(日)773投稿

新京成•寺社巡りスタンプラリー3社目は滝不動駅から徒歩10分ほど御瀧不動尊(金蔵寺)様へ行って来ました😊こちらで3社目の御朱印とスタンプをいただいたので記念のキーホルダーもいただけましたぁ😆
金蔵寺様はコラボ御朱印がないので月替りの御朱印を拝受しました。

【金蔵寺】

御瀧山金蔵寺は真言宗豊山派の寺院で、御瀧不動尊と呼ばれています。吉橋大師八十八ヶ所巡りの第58番目札所でもあります。

創建は、1423年(応永30年)です。
現在の境内付近は夜も明るくなるほど輝き付近の村人を恐れさせていました。応永30年(1423年)正月に、越後国から常陸国の守護大名佐竹義仁に招かれ、通りかかった能勝阿闍梨がこれをあやしく思い、二十一日間の護摩を修すると、ある夜、夢に円仁(平安時代初期の天台宗の僧、最澄の弟子)があらわれ、自身が心をこめて刻んだ不動尊がこの地に埋まっているとのお告げを受けました。早速、金杉の村人の協力を得てその場所を掘ると円仁作を記した木造があらわれました。その掘った跡から水が湧き出し、滝となったといいます。
そのことがきっかけとなり、御瀧信仰が起こり、小堂をたて木像が安置され、今に続いています。

寺に残されている社伝では、金蔵寺は江戸時代以前は現在の位置にありましたが、江戸時代になると社寺の敷地が江戸幕府直轄の小金牧の範囲になったため住職の居住を村内に移し、明治時代になって、牧馬がなくなったことから元の敷地に戻ったとされています。また、居住を移していた間は、8月のみ入山を許され大祭を続けていたと伝わっています。

金蔵寺の御朱印

月替り御朱印 9月 『女郎花』
秋の七草のひとつだそうです

金蔵寺(千葉県)

新京成•寺社巡りスタンプラリーのリーフレット

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歴史

創建は、1423年(応永30年)です。
現在の境内付近は夜も明るくなるほど輝き付近の村人を恐れさせていました。応永30年(1423年)正月に、越後国から常陸国の守護大名佐竹義仁に招かれ、通りかかった能勝阿闍梨がこれをあやしく思い、二十一日間の護摩を修すると、ある夜、夢に円仁(平安時代初期の天台宗の僧、最澄の弟子)があらわれ、自身が心をこめて刻んだ不動尊がこの地に埋まっているとのお告げを受けました。早速、金杉の村人の協力を得てその場所を掘ると円仁作を記した木造があらわれました。その掘った跡から水が湧き出し、滝となったといいます。
そのことがきっかけとなり、御瀧信仰が起こり、小堂をたて木像が安置され、今に続いています。
寺に残されている社伝では、金蔵寺は江戸時代以前は現在の位置にありましたが、江戸時代になると社寺の敷地が江戸幕府直轄の小金牧の範囲になったため住職の居住を村内に移し、明治時代になって、牧馬がなくなったことから元の敷地に戻ったとされています。また、居住を移していた間は、8月のみ入山を許され大祭を続けていたと伝わっています。
枯れることなく流れ出る竜頭の滝が御瀧不動尊の名の由来で「水行」の場となりました。創建以来600年余り、関東各地から霊験功徳を求め参拝客が絶えません。
この『清水』は今も湧き続け、船橋市内を流れる唯一の川『海老川』の源流として、また、飲み水として、清酒やパン、菓子等、商品にもなって多くの人々に称されています。
(寺院HPより)

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金蔵寺の情報

住所千葉県船橋市金杉6-25-1
行き方

滝不動の駅より15分あれば行けると思われます。

金蔵寺の基本情報

名称金蔵寺
読み方こんぞうじ
通称御瀧不動尊
御朱印あり
限定御朱印あり
御朱印帳に直書きあり
御朱印の郵送対応なし
御朱印帳なし
電話番号047-448-2833

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttp://otakifudouson.net/sp/
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詳細情報

ご本尊《本尊》大聖不動明王
《堂宇》大師堂・観音堂・三重塔・弁天堂
《鎮守社》稲荷神社
《諸尊》馬頭観音・水子地蔵尊・四国八十八ヶ所大師
山号御瀧山
宗旨・宗派真言宗豊山派
創建時代応永三十年(1423年)
開山・開基能勝阿闍梨
ご由緒

創建は、1423年(応永30年)です。
現在の境内付近は夜も明るくなるほど輝き付近の村人を恐れさせていました。応永30年(1423年)正月に、越後国から常陸国の守護大名佐竹義仁に招かれ、通りかかった能勝阿闍梨がこれをあやしく思い、二十一日間の護摩を修すると、ある夜、夢に円仁(平安時代初期の天台宗の僧、最澄の弟子)があらわれ、自身が心をこめて刻んだ不動尊がこの地に埋まっているとのお告げを受けました。早速、金杉の村人の協力を得てその場所を掘ると円仁作を記した木造があらわれました。その掘った跡から水が湧き出し、滝となったといいます。
そのことがきっかけとなり、御瀧信仰が起こり、小堂をたて木像が安置され、今に続いています。
寺に残されている社伝では、金蔵寺は江戸時代以前は現在の位置にありましたが、江戸時代になると社寺の敷地が江戸幕府直轄の小金牧の範囲になったため住職の居住を村内に移し、明治時代になって、牧馬がなくなったことから元の敷地に戻ったとされています。また、居住を移していた間は、8月のみ入山を許され大祭を続けていたと伝わっています。
枯れることなく流れ出る竜頭の滝が御瀧不動尊の名の由来で「水行」の場となりました。創建以来600年余り、関東各地から霊験功徳を求め参拝客が絶えません。
この『清水』は今も湧き続け、船橋市内を流れる唯一の川『海老川』の源流として、また、飲み水として、清酒やパン、菓子等、商品にもなって多くの人々に称されています。
(寺院HPより)

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