こんぞうじ|天台宗|西岩倉山
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一願不動明王堂をお参りし更に山道を上りました。
最後に二股に別れた道の右側へ向かうとすぐに
金蔵寺様です。
金蔵寺様は天台宗のお寺様です。
御本尊は
十一面千手観世音菩薩
をお祀りされています。
金蔵寺様は718年に元正天皇の勅願により隆豊禅師が開創されました。
隆豊禅師は興福寺様や元興寺様で修行された僧で
金蔵寺様も創建当初の宗派は法相宗でした。
隆豊禅師は朝鮮半島への留学される経歴をお持ちで
いわゆるエリート僧でしたが 帰国後は福岡県の
求菩提山など日本国内の険しい霊山にこもって
命がけの山岳修行を重ねられました。
ある時 隆豊の夢に
「小塩山に観音さまの霊地がある」
「そこにお堂を建てなさい」
というお告げがありました。
そのお告げに従って京都の小塩山を訪れた隆豊は
山を守る地元の神様である「向日明神」と出会います。二人は意気投合し光を放つ楠の巨木から金蔵寺様の
御本尊である十一面千手観音像を神仏合作にて
彫り上げたと伝わっています。
のんびりと境内をお参りして回っていると上の話も
「あり得るなぁ」と思えるほどの山寺でした。
とても赴き深いお堂が並んでいて山寺が大好きな
細君の目も輝いていました(♥️▽♥️)

京都市西京区にあるお寺です。
この日は西京区をまわりました。
西京区というと 西国三十三霊場の善峯寺が有名ですが こちらの金蔵寺も善峯寺のように市街地からずいぶん山に入った場所にあります。
善峯寺より山道が厳しく 対向車来ないでね と願いながら走るような道です。
駐車場はありますが そんなに台数は多く停められません。
東海自然歩道という道もあり 徒歩の方はこちらを通りますが しっかり山道です。
車を停めたら すぐに仁王門があります。
古くて気合の入った金剛力士様は すごく素敵な表情をされています。
いわゆる本格派です。私は大好きです。
こちらで入山料・拝観料を支払います。(無人)
こんなに山奥ですが 洛西三十三観音霊場の二番札所になっていて 参拝者は少なくないようです。
仁王門をくぐり 石段を上がると堂宇が見えてきます。
右手に護摩堂 左手に寺務所がありました。
さらにけっこう急な石段を上がると本堂になります。
こちらの狛犬さんも古くて立派なお姿がかっこいいです。
本堂は古刹の山寺らしく 木材が程よく色あせています。
私はこのような建造物を観るのが大好きです。
しっかり管理されているので崩れるほどの傷みではなく 歴史の長さを感じるていどには傷んでいる。
江戸時代に再建されていますので 300年ほどの歴史を刻み 私たち参拝者を迎えているわけです。
こんな素敵な寺院では ゆっくり時間を過ごします。
本堂横からは愛宕大権現に続く石段があります。
この石段けっこうきついです。妻は下で待っていることにしました。私はテンションアゲアゲです。
お堂の内陣を拝見することはできませんでしたが こちらも立派なお堂でした。
お堂のまわりだけが拓かれているので 少し離れて見ると 本当に山の中だと実感します。
近くには開山堂もありました。
こちらも立派な建物です。
「開山隆豊禅師行善大和尚と歴代の祖師先徳をお祀りしてあります。総欅(けやき)造りにして当山で最も立派なお堂で宝永二年桂昌院尼公の建立です」と札に書かれていました。
内陣にある坐像は 開山の隆豊禅師だと思います。
本堂左手の石段を上がると 境内社が3つあります。
左から「山王権現 十三仏堂」「荒神 歓喜天堂」「向日明神 地蔵堂」です。
ゆっくりお堂を巡り 最後は護摩堂の奥にある小さな石井(いわい)という泉に行きました。
別名「雲生水(うんじょうすい)」とも呼ばれ 今も湧き出ています。
この石井の上には石井神社があったのですが 麓の坂本部落にある山王社に昭和28年(1953)に合祀され 遷されたということです。
後で石井神社も投稿させていただきます。
最後に寺務所へ。
無人で御朱印は書置きのものがありました。
と言いつつ ご住職にご用の方がいらっしゃって ピンポン押してご住職とお話をされていました。
こちらは紅葉も見事だそうなので 秋にお参りできたらなぁと思っています。
ネット情報です。
山号は西岩倉山 宗旨宗派は天台宗延暦寺派 ご本尊は十一面千手観音 創建は718年 開山は隆豊禅師 開基は元正天皇です。
金蔵寺は養老二年(718)に元正天皇の勅願を受けて隆豊禅師が創建したと伝わる天台宗の古刹。
平安京遷都に際し桓武天皇が都の周囲に経塚を築くにあたり 当寺周辺が西の岩倉とされたことが山号西岩倉山の由来である。
室町時代の著書「臥雲日件録抜尤(がうんにっけんろくばつゆう)」によれば 往時は五十近い数の子院が立ち並ぶ大伽藍が形成されていたという。
応仁の乱(1467 〜 1477) 永禄の変(1565)などに巻き込まれて荒廃した後 元禄年間(1688 〜 1704)に五代将軍綱吉の母 桂昌院によって再興された。
現存する建物はこれ以降に再建されたものである。
歴史
金蔵寺は、奈良時代初期の養老二年(718年)隆豊禅師によって開創された寺院で、平安京造営の際に、新都の平安を祈念して経文が納められたことから、西の岩倉とも呼ばれています。応仁の乱以前には、寺中に堂塔伽藍四十九院の僧坊を擁する大寺であったことが、室町時代中期の日記『臥雲日件録抜婾尤』という文書に記されていますが、応仁の乱および永禄の兵火によってほとんどの建物が焼失し、大部分が江戸時代に再建されたものとなっています。
金蔵寺の情報
| 住所 | 京都府京都市西京区大原野石作町1639-11 |
|---|---|
| 行き方 |
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金蔵寺の基本情報
| 名称 | 金蔵寺 |
|---|---|
| 読み方 | こんぞうじ |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 075-331-0023 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| SNS |
巡礼の詳細情報
| 京都洛西観音霊場 第2番 | ご本尊・ご祭神:十一面千手観世音 |
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