ちょうこういん|臨済宗妙心寺派大本山妙心寺塔頭|正法山
長興院京都府 花園駅
10:00〜16:00
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楽しみ方
京都市右京区にある妙心寺の塔頭寺院の一つです。
こちら長興院は本堂などは通常非公開ですが 御朱印をいただくことができます。
御朱印を書いてくださっている間に お庭のお地蔵様などを見て回ることができます。
中でも やすらぎ地蔵は江戸時代初期からすえられた古いお地蔵さまで 苔でカビでもない何かが張り付いています。
石の古さって 場所によっては風化して分かりやすいですが 風化していなければ分かりにくいものですね。
御朱印は基本的に書置きですが 姓か名を書き入れてくださいます。
「今年の新作」があるそうなので そちらを拝受しました。
ネット情報です。
長興院は 織田信長の家臣として活躍した武将らによって守られてきた寺院です。
安土桃山時代 天正9年(1581年)織田信長に仕えた武将・滝川一益が 息子の妙心寺56世・九天宗瑞を開祖に「暘谷庵(ようこくあん)」を創建。
江戸時代 慶長11年(1606年)父と共に織田信長に仕えた武将 津田秀政が「暘谷庵」を再興。
津田家の菩提寺「暘谷院」としました。
秀政の妻は滝川一益の娘。
津田秀政は元和2年(1616年)に出家 寛永12年(1635年)90歳で死去。
法名「長興院殿光岩道景大居士」にちなんで「長興院」に改められました。
後に 九天宗瑞と慈徳院が織田信長の息子 織田信忠の菩提所として開創した「大雲院」を併合。
明治11年(1878年)には後園院を合併し現在に至ります。

安土桃山時代、天正9年(1581年)織田信長に仕えた武将・滝川一益(たきがわ かずます)が、息子の妙心寺56世・九天宗瑞を開祖に「暘谷庵(ようこくあん)」を創建。慶長11年(1606年)父と共に織田信長に仕えた武将 津田秀政が「暘谷庵」を再興。津田家の菩提寺「暘谷院」としました。秀政の妻は滝川一益の娘。津田秀政は元和2年(1616年)に出家、寛永12年(1635年)90歳で死去。法名「長興院殿光岩道景大居士」にちなんで「長興院」に改められました。












| 住所 | 京都府京都市右京区花園妙心寺町63 |
|---|---|
| 行き方 | JR花園駅から徒歩約9分
|
| 名称 | 長興院 |
|---|---|
| 読み方 | ちょうこういん |
| 参拝時間 | 10:00〜16:00 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | あり |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 075-465-0802 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| SNS |
| ご本尊 | 釈迦如来 |
|---|---|
| 山号 | 正法山 |
| 院号 | 長興院 |
| 宗旨・宗派 | 臨済宗妙心寺派大本山妙心寺塔頭 |
| 創建時代 | 天正9年(1581年) |
| 開山・開基 | 開基:滝川一益 開山:九天宗瑞 |
| ご由緒 | 安土桃山時代、天正9年(1581年)織田信長に仕えた武将・滝川一益(たきがわ かずます)が、息子の妙心寺56世・九天宗瑞を開祖に「暘谷庵(ようこくあん)」を創建。慶長11年(1606年)父と共に織田信長に仕えた武将 津田秀政が「暘谷庵」を再興。津田家の菩提寺「暘谷院」としました。秀政の妻は滝川一益の娘。津田秀政は元和2年(1616年)に出家、寛永12年(1635年)90歳で死去。法名「長興院殿光岩道景大居士」にちなんで「長興院」に改められました。 |
| 体験 |
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