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たいぞういん|臨済宗妙心寺派

退蔵院
京都府 花園駅

退蔵院について

瓢鮎図で有名な妙心寺の塔頭

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2026年02月03日(火)3171投稿

京都市右京区にある妙心寺の塔頭寺院の一つです。
退蔵院は特別なことがなければ拝観できるお寺です。
寺社巡りを始めた頃 水琴窟なるものを知り 水琴窟のあるお寺を探したところ いちばん最初に知ったお寺がこちら退蔵院でした。
その音を聴いて虜になり それから水琴窟のあるお寺では音を録音して楽しむようにもなりました。
(残念ながらしっかり録音できる水琴窟は少なかったです)
久しぶりの参拝になりました。
今回もしっかり水琴窟の音を楽しみ 余香苑の美しさをじっくり眺めていました。
こちらでは時間がゆっくり流れます。
抹茶もいただけるのですが 今回は抹茶より余香苑をじっくり楽しませていただきました。
いやぁ本当に素晴らしい。
なんだか初心に戻った気がしました。
ありがたやありがたや。

ネット情報です。
宗派は臨済宗妙心寺派
寺格は妙心寺塔頭
ご本尊は無因宗因禅師(妙心寺3世)
創建年は応永11年(1404年)
開山は無因宗因
開基は波多野重通です。
応永11年(1404年)に越前国の国人・波多野重通(はたのしげみち)が妙心寺3世・無因宗因(むいんそういん)を開山として千本通松原に創建する。
後に日峰宗舜により妙心寺山内に移される。
応仁の乱で妙心寺とともに焼失するが 後奈良天皇の帰依が深かった亀年禅愉(きねんぜんゆ)により 慶長2年(1597年)に再興される。
方丈内部は通常非公開で 内部の襖絵は2022年に絵師・村林由貴が描いたものである。
それまでは桃山時代後期の狩野派の絵師・狩野了慶(狩野光信の高弟)による襖絵があったが 老朽化が著しくなったため 村林の絵が今後400年持つようにと最高級の越前和紙や奈良の墨を用いて新たに描かれたものである。
庭園「元信の庭」は 狩野元信の作と伝わる枯山水の優美な庭園で 枯滝・蓬莱山・亀島と石橋など多数の庭石が豪快に組まれている。
庭園「余香苑(よこうえん)」は 1963年(昭和38年)から3年の月日を費やして造園家の中根金作が作庭した昭和を代表する池泉回遊式庭園で 大刈込みの間から三段落ちの滝が流れ落ち 深山の大滝を見るような風情がある。
ひょうたん池を中心としている。水琴窟もある。
紙本墨画淡彩瓢鮎図は 室町水墨画の先駆者・如拙の作。
如拙筆の確証がある数少ない作品の一つで 日本の初期水墨画の代表作の一つである。
画面上部の序文により 室町幕府4代将軍足利義持の命で制作されたことがわかる。
つるつるの瓢箪でぬるぬるしたナマズ(「鮎」は「ナマズ」の古字)を捕まえるにはどうすればよいかという およそ不可能な問いかけを図示したものであり 禅の公案を絵画化したものである。
現状 紙面の下半に絵があり 上半部には序文に続けて30名の禅僧による賛が書かれているが 当初は座屏(ついたて)の表裏にそれぞれ絵と賛を貼ったものであった。
原品は京都国立博物館に寄託され 寺で見られるのは模写である。

退蔵院(京都府)

退蔵院境内案内図

退蔵院(京都府)

石柱には寺号だけでなく

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歴史

_退蔵院の歴史
今から600年ほど前(1404年)、室町時代の応永年間に当時の京洛に居を構えた波多野出雲守重通が高徳のきこえ高い妙心寺第3世をつとめる無因宗因禅師への深い帰依によって、無因宗因禅師を開山として建立されました。これが退蔵院のはじまりです。
そのころ妙心寺は足利義満の弾圧で名を竜雲寺と変えられ、 関山一派の人々も祖塔を去る悲運に見舞われました。無因宗因禅師は高徳を惜しまれて大徳寺へとの誘いがありましたが、固く辞して西宮の海清寺に隠棲し、ついに時の有力者たちに終生近寄ることがありませんでした。
退蔵院は応仁の乱で妙心寺とともに炎上しましたが、1597年に亀年禅師によって再建され、今に至ります。
_退蔵院の名前の由来
「退蔵」という言葉には、「価値あるものをしまっておく」という意味があるように、陰徳(人に知られないようにして良い行いをする)を積み重ね、それを前面に打ち出すのではなく、内に秘めながら布教していくということを示しています。

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退蔵院の情報

住所京都府京都市右京区花園妙心寺町35
行き方

JR山陰(嵯峨野)線(亀岡・福知山方面行き)「花園駅」下車、徒歩約7分

退蔵院の基本情報

名称退蔵院
読み方たいぞういん
参拝時間

9:00~17:00(受付終了)

御朱印あり
限定御朱印なし
御朱印帳に直書きあり
御朱印の郵送対応なし
御朱印帳あり
電話番号075-461-6857

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttp://www.taizoin.com/
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巡礼の詳細情報

数珠巡礼

第37番

詳細情報

ご本尊無因宗因禅師(妙心寺第三世)
宗旨・宗派臨済宗妙心寺派
ご由緒

_退蔵院の歴史
今から600年ほど前(1404年)、室町時代の応永年間に当時の京洛に居を構えた波多野出雲守重通が高徳のきこえ高い妙心寺第3世をつとめる無因宗因禅師への深い帰依によって、無因宗因禅師を開山として建立されました。これが退蔵院のはじまりです。
そのころ妙心寺は足利義満の弾圧で名を竜雲寺と変えられ、 関山一派の人々も祖塔を去る悲運に見舞われました。無因宗因禅師は高徳を惜しまれて大徳寺へとの誘いがありましたが、固く辞して西宮の海清寺に隠棲し、ついに時の有力者たちに終生近寄ることがありませんでした。
退蔵院は応仁の乱で妙心寺とともに炎上しましたが、1597年に亀年禅師によって再建され、今に至ります。
_退蔵院の名前の由来
「退蔵」という言葉には、「価値あるものをしまっておく」という意味があるように、陰徳(人に知られないようにして良い行いをする)を積み重ね、それを前面に打ち出すのではなく、内に秘めながら布教していくということを示しています。

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