けぞうじ(うめざわふどうそん)|真言宗 智山派|梅沢山
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華藏寺(梅澤不動尊) の御朱印・御朱印帳
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栃木県 栃木市 梅沢町 に境内を構える、梅澤山 金蔵院 華蔵寺、2023.に北関東不動尊霊場にて参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で 全国の寺社、霊場を巡礼してます、寺院対応は、親切で丁寧な対応の寺院様でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 梅澤山、院号は 金蔵院、寺号は 華蔵寺、宗旨 宗派は 真言宗 智山派、ご本尊は 不動明王、北関東三十六不動尊霊場 第十六番札所 梅沢不動尊、梅澤山 華蔵寺は、建仁二年(1202)唐沢城主 佐野安房守実綱の建立と伝えられます。実綱は信仰心が篤く、源頼朝死亡の知らせを受けると、息子宗綱を鎌倉に送り、幕府への忠誠を誓うとともに、頼朝の冥福を祈るため寺を建立しませんでした。
ある日、実綱は 唐沢山城から小曽戸板を通り不摩城へ向う途中、寺尾郷が一望できる頂で馬をとめ眼下を眺めていた。 その時 実綱は、過ぎし日 鎌倉八幡宮 (鶴岡八幡宮)で行われた流鏑馬(やぶさめ)に参加しその技量を讃えられ、政子夫人より紅梅一枝をおくられたことを思いおこし、「先の将軍の冥福を祈るための寺は、この山に建てよう」と決意。その夜、不摩城に入った実綱は、城主木村氏に梅沢の地に寺を建立するよう命令、木村氏は、梅沢村三竹に宗綱の名で寺を建立、梅南に隣接している地なので紅白の梅を境内に植えた。16番札所 華蔵寺(通称:梅沢不動)
その後三百年を経て、一時廃塔されたが、大永三年(1523)に 郷内戸矢子の不摩城主 木村伊豆守により塔頭が再建された。
天正年間には、法印周応和上が醍醐より法流を相承して中興第一世となる。この時、門末十ヶ寺の中本寺となった。
第二世弘典法師は、日光大沢で徳川二代将軍秀忠の帰依(きえ)を得て、石高十石の朱印地をもらい受けた。この時の書状箱は、華蔵寺に現存している。しかし文政
十年(1828)、山火事により廃虚と化す。幾度かの復興を試みたが成功せず、明治維新を迎えた頃、遂に末寺常徳、持宝の二ヶ寺を残して末門はことごとく廃寺となった。
明治37年、金剛照浄和上が第三十五世となり、常徳、持宝の二ヶ寺を合併し興隆を画す。昭和9年には、本堂と庫裏を再建した

華藏寺(梅澤不動尊) の御朱印・御朱印帳コレクション全11枚
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