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こんぞういん|真言宗豊山派名龍山

金蔵院(観音寺)
栃木県 足利駅

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巡礼

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足利三十三観音霊場 第十四番

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2026年05月19日(火)733投稿

栃木県 足利市 名草中町に境内を構える、名龍山 金蔵院、正式名称は 名龍山 觀音寺 龍藏坊 金藏密院、 当方は 道の駅 全国制覇者で 全国の寺社、霊場を巡礼してます、2024 に足利三十三観音霊場 巡礼にて参拝致しました、足利地方は歴史在る建物が多く所在しており 寺院も見所在ります、寺院対応も良い寺院でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 名龍山、寺号は 觀音寺 龍藏坊、院号は 金蔵密院、宗旨 宗派は 真言宗 豊山派、本尊は 聖観世音菩薩、足利三十三観音霊場 第十四番札所 札所ご本尊は 聖観世音菩薩、およそ600年前の永享初年(1429)真言宗 醍醐寺の俊海法印により、足利氏の重臣であった境内は、南遠江守宗継氏居館跡に開山されました。境内にある五輪塔は南宗氏の供養塔で、南北朝時代の大変貴重なもの、また、江戸時代は南宝寺・宝珠院・金剛院・実相院・不動院・能満寺・千蔵院・成就院・神宮寺を末寺とする中本寺であり、名草弁才天の別当寺でもあったそうだ。弁才天堂は、『江戸中期、元禄六年(1693年)、時の領主本庄因幡守が、家老猪俣・丸山両名を領地検分のために名草に派遣した折、弁才天の別当を勤めていた当院第十三世範宜が、弁才天宮の再建を願い出て、金三両を下付され、石宮を建立しました。これが国指定天然記念物「お船石」の上に現存する弁才天の本宮です。その後、正徳三年(1713年)弁才天大祭の年、当院と名草中町南宝寺が願主となり、新たに弁才天の尊像を造立し、別当寺で当院にお祀りし、祭典の際には、入山の拝殿まで運び、祭礼を行っていました。この尊像は、現在も当院の弁才天堂(昭和四十七年建立、第二十五代教詮代)にお祀りされています。また入山の拝殿も、享保十二年(1727年)に、当院第十三世範宜が願主となり建立(昭和四十年に改築)しています。
明治維新(1868年)の神仏分離により、入山弁才天は厳島神社となり当院の支配を離れました。
平成元年、名草入山の厳島神社は、新たに弁才天像を造立しました』
明治二十八年(1895年)には真言宗 醍醐寺末(古義 真言宗)から真言宗 豊山派 長谷寺末(新義 真言宗) に変わったとも書かれている。

金蔵院(観音寺)の御朱印

足利三十三観音霊場 第十四番札所 札所ご本尊は 聖観世音菩薩

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金蔵院(観音寺)の基本情報

名称金蔵院(観音寺)
読み方こんぞういん
御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号0284-41-9247

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

巡礼の詳細情報

詳細情報

ご本尊《本尊》聖観音菩薩
《堂宇》弁天堂
《諸尊》鎧地蔵尊
山号名龍山
宗旨・宗派真言宗豊山派
創建時代永享元年(1429年)
開山・開基俊海法印
ご由緒

金蔵院は永享元年(1429年)に真言宗醍醐寺の俊海法印によって開山され、境内は南遠江守宗継の居館跡であるという。
江戸時代は南宝寺・宝珠院・金剛院・実相院・不動院・能満寺・千蔵院・成就院・神宮寺を末寺とする中本寺であり、名草弁才天の別当寺でもあった。
明治二十八年(1895年)には真言宗醍醐寺末から真言宗豊山派長谷寺末に宗旨変えとなる。
【鎧地蔵尊】
天正十三年(1585)元日、佐野氏当主 佐野宗綱は須花坂より足利を奇襲するも、単騎突出してしまい足利勢の豊島七右衛門に討たれてしまう。
142年後の享保十二年(1727)宗綱の供養のため佐野家の旧家臣により須花坂に祀られた、僧衣の上に鎧帷子を付けた姿の地蔵尊である。
その後年月を経て地蔵を納めた石の宮も崩れバラバラに崩れてしまい、祀られていた場所が金蔵院の所有地であったため、先々代の住職が盗難や散逸を危惧して寺に収容した。

ご利益
体験
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