さいみょうじ|真言宗大覚寺派準別格本山|槙尾山
西明寺京都府 トロッコ保津峡駅
9:00〜17:00
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楽しみ方
神護寺から西明寺へ。高雄ホテル案内駐車場を横切り裏参道から境内へ。もう、言うことなしです。インバウンドも少ないし紅葉も見事だし、運慶作の清凉寺式釈迦如来も間近で拝ませてもらえたし、心残りは繁忙期に入ったので御朱印が書置きだったことぐらいかな?聖天様の御朱印が無かったのもちょっと残念かも😅まあそれは仕方なしか。御朱印拝受時のお姉さんに聖天様のお話をしていたら、現ご住職は大阪福島の了徳院に居られたのだそう。大阪と聞いて天下茶屋の正圓寺の聖天様が危機的状況なお話もしたら、ご住職にお伝えしておきますとのこと😲何かしら対応していただけるなら有り難いことです。
西明寺裏参道入り口
緩やかな坂
この色加減最高です😍
境内庫裏・書院
本堂へ
鐘楼
客殿
山門
歓喜天
聖天宮石碑
客殿への参道
本堂
扁額「霊山鷲心」
宝篋印塔
本堂から
お社が見えるが・・・
客殿から
客殿縁側から
山門へ
山門前
山門から
由緒駒札
表参道へ
灌頂橋
橋から清瀧川
聖天堂石標
西明寺は古義真言宗に属し真言宗大覚寺派の準別格本山で槙尾山と号す。高雄(尾)山・神護寺、栂尾山・高山寺とともに三尾の名刹の一つとして知られる。清瀧川のせせらぎとともに春の桜、つつじ、初夏の新緑、秋の紅葉、冬の雪景色と四季折々の自然豊かな山寺である。
天長年間(824〜834)に、弘法大師(空海)の高弟・智泉大徳によって神護寺の別院として開かれたその後荒廃したが、建治年間(1275〜1278)に和泉国槙尾山寺の我宝自性上人が中興し、正応三年(1290)に平等心王院の号を後宇多法皇より命名賜り、神護寺より独立した。その後永禄年間(1558~1570)に兵火にあって焼亡したが、慶長七年(1602)に明忍律師によって再興された。
現在の本堂は、禄十三年(1700)に徳川五代将軍綱吉の生母・桂昌院が寄進によって再建された。内陣正面の須弥壇上に二重の厨子内に本尊の釈迦如来立像(重要文化財)が祀られている。この像は、高さ五十一センチメートルの小像で、清凉寺(嵯峨釈迦堂)の釈迦如来像を模して、鎌倉時代に運慶によって作られたものである。
| 名称 | 西明寺 |
|---|---|
| 読み方 | さいみょうじ |
| 参拝時間 | 9:00〜17:00 |
| 参拝料 | 700円 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり 繁忙期は書置きのみ |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | なし |
| 電話番号 | 075-861-1770 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | https://www.saimyoji.or.jp |
| お守り | あり |
| ご本尊 | 釈迦如来 |
|---|---|
| 山号 | 槙尾山 |
| 宗旨・宗派 | 真言宗大覚寺派準別格本山 |
| 創建時代 | 天長年間(824〜834) |
| 開山・開基 | 智泉大徳 |
| 文化財 | 釈迦如来像、千手観世音菩薩像(重要文化財) |
| ご由緒 | 西明寺は古義真言宗に属し真言宗大覚寺派の準別格本山で槙尾山と号す。高雄(尾)山・神護寺、栂尾山・高山寺とともに三尾の名刹の一つとして知られる。清瀧川のせせらぎとともに春の桜、つつじ、初夏の新緑、秋の紅葉、冬の雪景色と四季折々の自然豊かな山寺である。
|
| 体験 | 仏像重要文化財花の名所 |
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