日蓮宗
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「京の冬の旅」の特別公開で参拝しました。
京都市上京区にあるお寺です。
以前訪れた時には 境内には入れましたが本堂には入れませんでした。
大河ドラマ「豊臣兄弟」にちなんで本堂が特別公開されています。
日蓮宗寺院ですので ご本尊は仏様ではなく十界曼荼羅ですが 仏様も安置されていました。
神仏習合の様式を今に残すお寺で 本堂手前には毘沙門天王の鳥居と狛犬がありました。
毘沙門堂は本堂と同じです。
こちらもガイドさんが説明してくださいました。
こちらの特別公開は 毘沙門天像です。
毘沙門天像は 伏見城に安置されていたものを 秀吉公が寄進されたもので 当寺の守護神としたそうです。
写真撮影はしませんでした。(してはいけなさそうな雰囲気)
本堂の次に書院にも入らせていただきました。
いろいろ展示されていましたが 一部のみ撮影可能でした。
日蓮上人の一生を描いたものがあり 特に晩年のご苦労が伝わるものでした。
また 「時雨松」の古株なるものが置かれていました。
これは かつて秀吉が植えた松が晴天でも枝から雫を落とし その様子が時雨のように見えたことから「時雨松」と呼ばれたそうで その松が枯れたあとに掘り出して保存しているそうです。
御朱印は書院でいただけました。
ネット情報です。
山号は蓮金山
宗派は日蓮宗
ご本尊は十界曼荼羅
創建年は天正11年(1583年)12月7日
開山は日堯
別称は出水の毘沙門さま
札所等は通称寺の会(出水の毘沙門さま)です。
天正11年(1583年)12月7日に妙顕寺12世の日堯が自らの隠居所として創建。
その後豊臣秀吉から伏見城に安置されていた毘沙門天像を寄進され 当寺の守護神とした。
江戸時代以降 この平安時代後期の作とされる毘沙門天像は開運厄除けの神としての信仰を集めた。
安永2年(1773年)には京都西町奉行・長谷川宣雄(長谷川平蔵の父)の葬儀を行っている。
本堂には本尊・十界曼荼羅の他に毘沙門天も祀られている。
山門は寺院としては珍しい六足門となっている。


京都市上京区の大きくない寺社巡りです。
と思っていたのですが こちら華光寺さんはどちらかというと大きい方になりますね。
ウィキペディアにも載っています。
山号は蓮金山 宗旨は日蓮宗 ご本尊は十界曼荼羅 創建年は天正11年(1583年)12月7日 開山は日堯です。
由緒については
天正11年(1583年)12月7日に妙顕寺12世の日堯が自らの隠居所として創建。
その後豊臣秀吉から伏見城に安置されていた毘沙門天像を寄進され 当寺の守護神とした。
江戸時代以降 この平安時代後期の作とされる毘沙門天像は開運厄除けの神としての信仰を集めた。
安永2年(1773年)には京都西町奉行・長谷川宣雄(長谷川平蔵の父)の葬儀を行っている。
とありました。
長谷川平蔵ってドラマの人じゃなかったんだ。実在する人物だと初めて知りました。


華光寺(京都市上京区)は、蓮金山(山号)本尊は十界曼荼羅、通称「出水の毘沙門さま」として親しまれている日蓮宗の寺院です。☺️
天正11年 妙顕寺の12世日堯が隠居所として開創。豊臣秀吉が伏見城に安置していた毘沙門天像を寄進し、寺の守護神としました。江戸時代以降、この像は開運厄除けの神として信仰を集めています。
「出水の七不思議」
時雨の松:秀吉手植えの松で、晴れた日でも枝から雫を落としたと伝わります。
五色椿:五色の花を付けたといわれます。
※2つの銘木とも枯死していますが、境内の庭園では子孫の松や七種の椿が植えられ、その名残りを伝えています。
受付(玄関)にて御首題を頂きました。😊
3月5日 参拝



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